皆さま、こんばんは。

いつもフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。

いただいた「いいね」にお返事できておらず、すみません。

いま、パパは穏やかな日々の中にいます。


(今日のサーラ)

サーラと暮らし始めてから、はや2年9ヵ月が経過し、3月には11歳を迎えているサーラですが、大きな病気もなく、今が一番平穏な日々にいると感じています。

この穏やかな日々が、少しでも長く続いてくれるようにと願っています。

最低でもあと2年くらいは、サーラの体調に何もなく、ゆったりと暮らせたらいいなと思うのです。

たったの2年でいいの?と皆さまは思われるでしょうか?

僕よりも早い時間軸の中で生きるサーラですので、あと2年もすれば身体に不具合が出てきてもやむを得ないのだと思っています。


(今日のサーラ)

亡きフーラとは、腎不全での長い闘病の日々を、共に過ごしました。

家で点滴をするようになって、長い長い日々だっなぁ。

毎日、何種類もの薬を朝晩飲ませ、点滴は週1回から月日を経てだんだんと増えていき、最後には毎日朝晩2回を家で打つようになりました。

そして、それがそのままフーラの余命を示す数値でもありました。

誤解を恐れずに言えば、犬を飼うということは、笑顔にあふれた場所から、心を痛めながら下り坂を転がり落ちていくようなものです。

愛犬が死んだとき、下り坂の一番下まで転がり落ちた僕は、深い沼に沈んでいきました。

その沼から救いだしてくれたのがサーラです。

今はこれだけ平穏で幸せな僕ですが、いつかサーラを失う痛みに立ち向かう覚悟をしているつもりです。

なぜなら、下り坂を転がり落ちて沼に沈む苦しさよりも、幸せだった日々が燦然と放つ光の方が大きいから。

犬を飼うということは、悲しみと引き換えに、悲しみよりも大きな喜び、幸せを知ることだと僕は感じているのです。