皆さま、こんばんは。
いつもフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。
いただいた「いいね」にお返事できておらず、すみません。
犬とはえらい生き物だなと、つくづく思い返しています。
フーラの命日、3月30日まで、あと4日になりました。
2018年の今日、3月27日は火曜日で、僕はフーラがいつ死んでしまってもおかしくない状況のなか、毎日仕事に出ていました。
思い返すと、僕自身も寝ずの看病で肉体も精神も限界ギリギリでした。
結果的に、そのあとフーラはまるではかったかのように、3月30日の金曜日に旅立っていきました。
金曜日の夜から日曜日の午後まで、フーラは、フーラの魂の脱け殻である肉体と共にいる時間を、僕に与えてくれました。
そして、日曜日の16時過ぎに、その愛しい肉体は焼かれて骨になりました。
パパは、翌日4月1日の月曜日から、何事もなかったかのように、お仕事に出ました。
心のなかは苦痛にまみれていましたが、少なくとも見た目では誰にもわからなかったと思います。
フーラの死を悼みながら、人の悲しみは見た目ではかることはできないという当たり前のことを、僕自身も改めて深く考える時間を持ちました。
当然のことながら、フーラとは言葉によるコミュニケーションはありませんでした。
それでも、フーラはわかっていたのだと思います。
自分がいつ旅立つべきなのかを。
だから、本当はもっと早く死んでしまってもおかしくなかったのに、がんばって金曜日まで持ちこたえてくれたのだと思っています。
土曜日や日曜日ではなく、金曜日だったのがフーラらしいのです。
3月30日、パパはフーラの死に目に会えなかったけれど、日曜日までにフーラの死後の始末を、おおむね終わらせることができました。
3月31日の土曜日、パパはフーラの亡骸を家に置いて、仕事に出ねばなりませんでした。
あの日ほどつらかった日は、パパの人生において他にありません。
ずいぶん気楽な人生だと思われるかもしれないですが、僕にとってはそうだったのです。
いまも、あの2018年3月31日に書いたブログを読み返すと涙が出ます。
だからこそ今の僕にとっても、フーラには感謝の気持ち以外、何もありはしないのです。
残りの人生でも、心を込めて、僕はフーラに愛と感謝を贈り続けることでしょう。
ありがとう、フーラ。
僕は、君を愛しています。


