皆さま、こんばんは。
いつもフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。
いただいた「いいね」にお返事できておらず、すみません。
以前にも、ブログに少し書かせていただいた話をしますね。
僕が子どものころ、僕の家にはエスという白い雑種犬(いわゆる日本犬)がいました。
まだ僕が小学校に入りたての年齢だったのかなぁ?
もはや記憶も曖昧です(笑)
家の庭に犬小屋があり、エスは外で暮らしていました。
お散歩に行くときも、今のリードのような洒落たものではなく、細いチェーンで首輪をつないでいたような気がします。
そして、ノーリードでお散歩をしていても、特段問題になることもない時代でした。
東京でも野良犬がめずらしくなかった時代です。
僕と姉は、家の前の道でエスのチェーンを外し、3人でよく追いかけっこをしました。
僕と姉が全力で走ると、エスは僕らを追いかけ、一気に抜き去ってそのまま突進して行きます。
エスに抜かされた僕らは、すぐにきびすを返して逆方向へと駆け出します。
すると、エスはそれに気づき、再び僕らを追いかけ、猛スピードで追い抜かしていくのです。
こんなことを、僕らは飽きるまで何度も何度も繰り返しました。
そして、この東京でそんなことをしていても、さほどの危険もなく、苦情などどこからも来ない時代でした。
エスは、時々気が向くと家から脱走し、行方不明になりました。
子どものころの時間感覚なので、実際のところどうだったのか不明ですが、長いときは1ヶ月くらいいなかったような気がします。
ある時の脱走では、もう帰って来ないかもしれないねと話していた家族の予想を裏切り、学校帰りの姉に見つけられて帰って来たことがありました。
姉が、エスによくにた全身泥だらけの犬を見かけ、遠くから「エスッ!」と呼んだら、一目散に駆け寄って来たそうです。
帰ってきたエスを見て家族はみな驚き、泥だらけのエスを、家族みんなで洗ってあげたのでした。
帰ってきたことに驚いたなどと書くと、今の時代なら飼い主は責任を持てと世間から糾弾されるところですが、この頃はみなそのような感覚だったと思います。
そして、残った味噌汁を冷や飯にかけたようなごはんを、エスはものすごい勢いでたいらげたものでした。
当時、犬の餌は人間の残り物ばかりでしたが、エスは喜んで食べていたなぁ。
まだ、外飼いが一般的で、フィラリアのことなどは聞いたこともありませんでした。
そんなエスでしたが、僕も姉も成長するにしたがって、別の関心事が増えてしまい、放っておかれるようになっていきました。
そして、ある日、見かねた父が、父の工場の番犬として連れていきました。
僕も姉も連れていかないでとは言わなかったのです。
だから、僕は晩年のエスがどうしていたのか、いつ、どんな風に死んだのかを知りません。
まるっきり興味を失ってしまったのです。
今にして思うと、子どもの移り気というのは残酷なものだと思います。
けれども、僕はエスを忘れてはいなかったのです。
僕の心の中でエスがよみがえってきたのは、それからずいぶん経って、大人になってからのことでした。
心の奥底のほうで沈殿していた記憶が、よみがえってきたのです。
おそらくですが、子どもから大人になり、自分の弱さを意識しだしたころと重なっているような気がしています。
それがなぜだったのかは覚えていませんが、過去の記憶を寄せ集めて、見つめ直したい気持ちになったのです。
家族として、エスと最後まで一緒に暮らさなかったことへの後悔に似た感情が、なにかをきっかけにして沸き上がってきたのでしょうか?
子どもの頃の自分たちは、まったくもってドライそのものだったというのに。
僕は、何十年も前に置き忘れてきてしまったものを、取り戻したかったのかもしれません。
いま、フーラと暮らし、フーラを看とれたことも、サーラと日々を楽しく暮らしていることも、すべてはエスの存在とつながっていると感じています。
エスの写真、どこかになかったかな?
写真の中でもいいから、エスにもう一度会ってみたいと思うのですが、おそらく見つかることはないでしょう。
白い雄の雑種犬だったことは間違いありませんが、しっぽがとんなふうに巻いていたかなど、細かなことは覚えていません。
霞がかかったようにぼやけた白い雑種犬のエスが、僕の記憶の中にいて、僕を見つめています。
エスよ。
もう一度、僕の後ろから走ってきて、勢いよく僕を追い抜いてくれないか。
記憶の中のエスに話しかけていたら、僕を追い抜く時の飛ぶように疾走するエスの足音が、勢いよく通りすぎていきました。

