皆さま、こんばんは。
いつもフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。
いただいた「いいね」にお返事できておらず、すみません。
もうすぐ、桜の咲く季節。
フーラが旅立った3月を迎えます。
3月30日で、丸三年が経過するのです。
早かったような、長かったような日々。
ああ、逢いたいなぁ、、
いまでも、つくづくそう思うのです。
3月は、フーラの命日があり、サーラの誕生日があり、パパの誕生日もあります。
なにやら縁の深い月であるようです。
今から3年前、2018年の3月は、僕の人生の中でも、とても苦しい1ヶ月になりました。
3年前の2月24日の時点では、フーラの腎不全の悪化が著しかったものの、フーラにはまだ未来があると、僕は信じておりました。
ところが、3月に入ってフーラの体調は急坂を転がり落ちるように悪化していきました。
そして、フーラの命はまもなく終わりを迎えるのだと、僕は否応なく悟ったのです。
それから先は、どうやって看取るかだけを考える1ヶ月間になりました。
もし、神様がもう一度、あの3月をやり直してもいいと言ってくれたら、僕はどうするだろう?
僕は、お願いしないつもりです。
朝晩、家でフーラに点滴し、仕事から帰ったらもうフーラが死んでいるかもしれないと思いながら過ごした日々。
もう一度は、正直、無理です。
そのくらい、フーラもパパも限界まで命を燃やしながら、最後の1ヶ月を駆け抜けたのだと思っています。
フーラを看病し、睡眠不足で自分が先に死ぬんじゃないか?と、真剣に思うような日々でした。
フーラが逝ったあと、悲しいけれども、極限から解放されたような気持ちになった自分がいました。
あの気持ちは、切ないものです。
それでも、フーラというかけがえのない家族と出会えたことが、僕の人生のなかで、今もまぶしい光を放ち続けています。
いつかパパがあっちに行ったら、フーラはどんなふうにパパに向かって走って来てくれるだろう?
僕は、今から楽しみで仕方がありません。
いつか死んでしまうのは恐いけど、フーラに会えるなら、それだけはとてもうれしい。
そんな感じです。
いま、サーラと出会わせてくれたのも、フーラの愛情、想いだと確信しています。
もうすぐ、そんな3月がやってきます。







