皆さま、こんばんは。

いつもフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。

いただいた「いいね」にお返事できておらず、すみません。

2016年にブログを始めて、愛犬の写真がとても増えました。

フーラと暮らした十年間のうち、最後の二年を記録することができ、なによりもうれしく思っています。



(フーラ)

そして、今更ながらですが、フーラの写真や動画を、早くからもっとたくさん撮っておけばよかったと、少し悔やむ気持ちも持っています。

いえ、もちろん結構な数の写真が、あるにはあるんですよ。

でも、かつてはフーラの写真を1ヶ月に一度しか撮っていなかった、なんてこともざらにありました。

ブログのような動機がないと、日々の生活のなかでは、そんなには写真って撮らないですもんね。

今はブログをやっていることもあって、ほぼ毎日のように、なにかしらサーラの写真を撮っています。


(サーラ)

それによって僕のスマホには、同じ二年間の記録なのに、サーラの写真と動画がフーラの何倍も多く、すでに蓄積されています。

いま、サーラのために写真を撮ることができてうれしい気持ちと、フーラにすまないような気持ちの両方を感じています。

やはり、動画や写真はいいものです。

フーラの動画を見ていると、その日の風や、空気の匂いや、流れていた音までもが、心によみがえってきます。


(フーラ)

もう、あの子の肉体はこの世界から消えてしまったというのに、その姿は一生懸命に動いています。

すでに腎不全が悪化していましたので、よぼよぼになっていましたけれどね。

人間の記憶なんて、霞のようなものだと思います。

時には、その曖昧さと忘却によって人は救われるものですが、愛する我が子であるフーラの記憶が消えていくのはさみしいものです。

そして、その記憶がよみがえること以上に、うれしいと感じる出来事は、今の僕にはさしてありません。

これは、うれしいことが何もないと言いたいのではなく、それ以上がないのです。

もちろん、だからといっていま暮らしているサーラを放っておくようなことは、もちろん全くありません。

今を生きる命を守り愛することが何よりも大切だと、フーラが僕に教えてくれたからです。

かつて僕は、世界中の生き物の中で、フーラが一番パパを愛していると言ってきましたが、今は間違いなく、サーラが世界で一番でしょう(笑)

動物との暮らしは、本当にいいですね。

ありのままの姿。

喜怒哀楽も、すべて。

記録に残すと言えば、自分の写真が一番なかったりして(笑)

それでいいのです。

おそらく、人間というものは、そのくらいがちょうどいい。

動物には、たくさんのことをしてあげたい。

そんな風に思う、最近のパパなのです。


(フーラ)