皆さま、こんばんは。

いつもフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。

いただいた「いいね」にお返事できておらず、すみません。


(今朝のサーラ)

毎日、命の期限をつけられた子たちのために、一生懸命にブログで情報をアップしてくださる方々がいて、僕も少しでもお役にたてればとリブログさせていただいたりしております。

そして思うのは、「なんでこんなにもたくさんの犬猫が捨てられ、生命の危機にあるのだろう。終わりがどこにも見えない」ということです。

動物を、虐待から守る、そういった人間からは取りあげる、飼わせない。

行き場のない動物たちの命をつなぎ、死ぬまで飼育する覚悟と一定の飼育力(経済力含む)を持った新たな飼い主とのご縁をつなぐ施設に、殺さない施設に、動物愛護センターを変えていく。(一部のセンターは行政や職員さんたちの努力で変わりつつあることを知っています)

それを、官民問わず支えていく。

こういったことができてこそ、日本は国として大人になり、成熟していくのだと思います。




犬猫が法的に「物」と定義されていることは、何よりも変えねばならない点だと感じています。

物には所有権があり、虐待され命の危険に瀕している動物でさえ、その人間の所有権の中に置かれており、手出しができない。

そんなバカげた話はありません。

守らねばならないのは「命」なのです

だから、法律の改正が必要なのです。

虐待する人間や、飼育を放棄したり、明らかに飼育に適さない人間から取り上げ、必要なら法で裁く、強制力がいるのです。




僕は犬と暮らして、たくさんの幸せをもらいました。

僕の人生における大きな喜びの一つです。

その反面で、命をもてあそばれている犬猫の存在が、どうにもやりきれません。
 
自分一人の力では大したことができないけれど、たくさんの人々の想いが合わされば、大きなうねりになっていきます。

僕は、サーラと暮らす日々を心の底から楽しみたい。

だからこそ、不幸な犬猫から目をそらさずに見つめ、自分にできることをたとえ自己満足に過ぎないとしても、実行していきたいと思うのです。

それが、愛する亡きフーラや、今を生きるサーラに報いることだと、僕は信じています。