皆さま、おはようございます。
いつもフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。
いただいた「いいね」にお返事できておらず、すみません。
昨日はサーラを連れて、父母の墓参りに行ってきました。
お昼過ぎにクルマで出て行ったのですが、おそらく墓地は相当に暑いだろうと考えていました。
そして、実際には僕の想像をはるかに上回って、恐ろしいほどの日射しと暑さにみまわれました。
だから、サーラと一緒に写真を撮るなどという余裕もなく、汗をダラダラと流しながらの墓参りとなりました。
日影以外では、サーラを地面におろすこともできないですものね。
いやぁ~、甘かった。
大変でした。
そして、夕方帰ってきて、NHKのETVで8日に録画しておいた、「焼き場に立つ少年をさがして」というドキュメンタリーを見ました。
昨日は、長崎の原爆の日でしたね。
今から75年前の原爆投下後の長崎で、親兄妹を亡くしながら生きた子どもたちに思いを馳せる時間となりました。
今は恵まれている。
そう思いました。
アメリカ軍人として、その撮影隊員として、被爆後の長崎周辺の写真を撮り続けた男性が、その晩年に、アメリカ国内でのインタビューに答えています。
この男性は、当初、軍の指示に従って原爆投下後の市街地の写真を撮っていましたが、次第に被写体を、人々、特に子どもへと変えていきました。
アメリカでは、今も原爆の投下が戦争を終結させ、より多くの日本人が死なねばならない事態を回避した正しい行為だと、一般的には認知されています。
Q、アメリカ人として投下直後に町を歩いてどう思ったか?
A、原爆は間違いだと思った。
Q、原爆がアメリカ人や日本人の多くの命を救ったと言う人々に言いたいことは?
A、原爆は何も救わなかった。罪のない人々を殺しただけ。私の考えに同意しない人々がいるのはわかっている。でも、我々はおばあさんやおじいさん、子どもを殺した。
Q、無意味な虐殺だったと言うのか?
A、そうだ。
今を生きる私(たち)が、この国をどうしたいのか、私(たち)はどう生きるのかを考えるために、大切な機会になりました。
今もこの国で、私たちは犬猫を虐殺しているよな、ということも思いました。
今が恵まれているのならば、私(たち)はそれにふさわしいことを、命に対してせねばならないと思ったのです。


