皆さま、こんばんは。
いつもフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。
いただいた「いいね」にお返事できておらず、すみません。
いま、「コロナウイルスから人類への手紙」という手紙(文章)が話題になっていますね。
僕も読ませていただきまして、共感するものがありました。
僕はよく、地球を人間に置き換えたなら、地球の上で暮らす僕ら人間は、地球にとってどんな存在なのだろうかと考えます。
いまの僕たち人間は、地球にとって素晴らしい一部と言えるのでしょうか?
地球にとって、コロナウイルスのような存在になっていたりはしないのでしようか?
他の生き物たちは、みな、自然の摂理に従って生きています。
それは、地球に生きる者たちのルールであるはずです。
しかしながら、人間だけは、そのルール、摂理を越えて、わがままを押し通そうとしているように見えるのです。
人間は、母なる地球、僕たち自身であり、僕たちのふるさとでもある地球を殺そうとしてはいないでしょうか。
もし、そうであるならば、僕たち人間は地球にとっての悪玉ウイルスのような存在ではないでしょうか?
人の白血球が、ウイルスから体を守ろうとして攻撃を仕掛けるように、地球が自らを守るために防御機能を活性化させただけなのかもしれません。
悪玉ウイルスである、人間という存在を排除するために。
無限に大きなもの、無限に小さなもの。
生命、宇宙。
人体も、地球も、生命すなわち魂の器であり、それ自体が宇宙そのものなのかもしれません。
僕たちは、調和しなくてはなりません。
共生と言ってもいいかもしれません。
破壊、勝ち負け、生き死に、淘汰ではなく、調和と共生。
宇宙が地球を通して、人間を試しているのかもしれません。
このテストの代償は、はかり知れないほど大きなものになりそうです。
悲しみと痛みを知れと宇宙が言っているのならば、僕らは想いと行動を変え、膝まずいて許しを乞うべきだと思うのです。
当事者にならなければよい、自分だけ助かればよいという想いこそが、僕らを裁くに違いないと思うのです。




