皆さま、こんばんは。

いつもフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。

いただいた「いいね」にお返事できておらず、すみません。


(サーラ)

最近、よくこんなことを思います。

今は、子供も大人も、夢を持ちにくい時代だと。

あらゆるものに恵まれ情報があふれているかわりに、たくさんありすぎて、何が自分にとって本当に大切なのか、まるで分かりにくくなってきました。

自分が好きで始めたはずのものに、振り回されている人を見かけることが、よくあります。

自分も、そうかなのかもしれません。

趣味のサークルなどで、役割に振り回されて、いっぱいいっぱいになってしまうなど、よろこびか苦しみか、わからなくなっている人を見ることがあります。

そこに、人と人との感情のもつれや、いがみ合いなどが生じると、もはや、それをやる意味があるのだろうかと思ってしまいます。

動物保護についても、時折そういった話を聞くことがあります。

保護活動そのものが、社会性を持てているか、公正かといった点について、ある種の難しさをはらんでいると思います。

人の想いは、すべて同じわけではないので、主義主張に乖離が生じて、いさかいが起きたりするのです。

こういったことは、保護団体さんの世界でも、時折ですが、耳に致します。

動物保護団体さんを応援することについて、僕はこういうふうに決めています。

自分が何らかの形で関わったり、ふれあうことができた団体さんの中で、自分の価値観において信じることができる(あくまでも自分なりにです)団体さんを応援していく、というものです。

大きな団体さんだから信用できるとは限りません。

クレジットカードやふるさと納税で寄付を集めるシステムを整備している大きな団体でありながら、保護した動物へのケアのいい加減さを告発された団体もありました。

僕は、一度この団体に寄付をしましたが、心からは信用出来なくなってしまったので、今はやめています。

それでも、年に何回も、この団体から寄付を募るダイレクトメールが送られてくるのです。

そのような中、自分の目と耳で考えることが、とても大切だと感じています。

とはいえ、どうしたって自分一人の支援なんて、たかが知れています。

僕は、元zozoの前澤さんみたいな人ではないですので、大きなお金の力を見せることは、したくても出来ないわけです。

が、それはそれでいいと思っています。

何もしないよりは、いいと思うからです。

僕は、人々の静かな連帯を夢見ます。

人々の見識や愛情が連鎖しながら、何かが変わっていくのを見たいのです。

この日本の社会が変わっていくには、一人一人の共感があって、夢があって、想いが集まらねばならないと感じます。

日本の保護団体が大きな形で結びつき、確かな理念によって運営される未来を夢見ます。

行き場のない動物たちは、すべてシェルターに保護され、守られ、審査を経た信用できる飼い主だけに譲渡される。

譲渡を受ける際には、然るべき費用を里親が公平に負担する。

そして、虐待があれば飼い主は裁かれ、動物は飼い主から取り上げられ、守られる社会にするのです。

そんなふうに動物を守りつないでいく施設が、全国をカバーする規模で運営されている。

動物を譲渡される人は、動物を終生守る覚悟を自然に持てる人。

人間が、命のバトンを手渡し、引き継ぐのです。

そんな世界を創りたいと思いませんか?

僕は、ワクワクするなぁ。

ああ、皆さまの中に前澤さんのお友達がいたら、知らせてください。

前澤さん、100億円、貸してくれないかなぁ。

なんてね。

みんなの力が集まることを、夢見ます。


(サーラ)

      If you can dream it.

       You can do it.