皆さま、こんばんは。

いつもフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。

いただいた「いいね」にお返事できておらず、すみません。

思えば、2018年の1月には、まだ当時18歳のフーラがこの世界にいて、当時8歳だったサーラとは、僕は出会っていませんでした。


(2018年1月6日のフーラ)

この時には、あと3ヵ月もたたずにフーラとお別れせねばならないとは、まだ思ってもいませんでした。


(2018年1月6日のフーラ)

いや、実際には近い未来に訪れるであろう日を感じており、避けられないことはわかっていたけれど、それを認めたくなかったのでしょう。


(2018年1月19日のフーラ)

この頃、フーラには、腎不全の点滴を家で朝晩打ち、何種類もの薬を飲ませていましたので、日々の看病が大変で、写真を撮るどころではなかったのだと思います。

6日に写真を撮ってから、次は19日まで飛んでいました。

上は、僕のベッドに入り、お布団をかけて眠るフーラです。

いま、こうして見ると、本当にフーラとサーラはよく似ているなぁ。

たまらなく愛しく思います。

そして、

(2019年1月19日のサーラ)

昨年、2019年1月19日のサーラです。

なんという可愛さでしょう。

上の眠っているフーラと、下の抱っこされているサーラ。

上の眠っている写真は、僕もいきなり見せられたら、フーラか、サーラか、見分けがつかないかもしれません。

いま、サーラの写真は毎日のように増えていきます。

ブログも、フーラの頃より頻繁にアップしています。

フーラと暮らした生涯の中で、フーラの写真を毎日撮ることはありませんでした。

ただひとつの例外となる時期を除いて。

それは、最後の20日間でした。

今日、写真のフォルダを見返してみて、複雑な気持ちになりました。

フーラの最後の記録。

僕はフーラの命の灯がまもなく消えることを、悟っていました。

フーラの命を記録しなくては、焼き付けなくてはという、当時の気持ちを思い出しました。

こぼれ落ちてしまうものを、必死になって手のひらにすくいとろうとするような20日間でした。

切なくて、愛しい記憶。

そのことについては、また次の機会にお話させていただければと思っています。



(2020年1月 眠るサーラ)