(サーラ)


皆さま、こんばんは。

いつもフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。

いま、同級生が癌の闘病中です。

昨年の秋に手術をして、クリスマスの頃に食事をした際には、髪の毛も生えて元気そうでした。

それが、他に転移し、再び抗がん剤治療を行っています。

間もなく退院できるようですが、仲間うちのグループLINEに、体重が47キロになったと書いてきました。

彼が再び体力を取り戻し、長く生きるよう望んでいます。

勤務先では、それなりの要職にありましたが、最後には亡くなった社員に関する訴訟で会社側の代表を務め、彼自身も矢面に立ち、かなりの心労があったと思います。

今は退き、あと1年、顧問として給料をもらえるのだと言っていたのですが。

今年の始めには、別の同級生の告別式の知らせがありました。

自分たちもそういうことがある年齢になってきたのだと感じています。

人間も動物も、今日生きていることが当たり前ではありません。

ずいぶん前に、年賀状のやりとりだけになっていた同級生の奥さんから、「夫が亡くなりました」とハガキをいただいた際には、たいそう驚き、残念に思いました。

それを知った仲間と会い、飲んでいるうちに、「彼は短い人生で気の毒だ」と言った友人の一言に対し、「彼は気の毒じゃない」と言い返した自分を思い出しました。

お互いに深い意図があった訳ではありません。

他意はないのです。

ただ、長さじゃない、可哀想なんじゃないと思いました。

僕がノホホンと生きていた1年の間に、彼は何十年分かの人生を生きたにちがいない。

そう思っただけす。

犬の命も一緒ですよね。

あっという間に飼い主を追い越して年老いていき、僕らを置いて駆け抜けて逝ってしまいます。

飼い主は、ただ淋しさに打ちひしがれながら、涙を流すことしかできません。

僕たちは、いったいどこから来て、どこへ行くというのでしょう。

先に逝ってしまった彼らは、僕たちを置いてどこへ行ったというのでしょう。

ひとつだけ分かっていることと言えば、僕らが旅立つ時に持って行けるのは、僕らの心の中にあるものだけだということです。

金も、地位も名誉も、家や車も、何一つ持って行くことは出来ないのです。

それが、もっとも大切なことのひとつだと、僕は考えています。



(サーラ)