皆さま、こんばんは。


いつもフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。


皆さまからいただいた「いいね」にお返しできていないこと、どうかご容赦ください。


フーラの一周忌を終え、なんだか長い旅路のひと山を超えたような気がしております。


ちょっとした放心状態のような、ほんわりとした気分なのです。


たかだかワンコ一匹の生き死にで、ここまで悲喜こもごもな自分が、ある意味、不思議でもあります。


しかしながら、犬を愛するとはそのようなことだと納得している自分もいるのです。

 

 

 

 

 


父も母もすでに他界し、それぞれの葬儀では喪主をつとめた自分が、父母の葬儀では一滴の涙も流しませんでした。


それが、ワンコ一匹死んだだけで、床に突っ伏して泣くのですから。


人間とは、不思議な生き物だなと思います。


それこそ、父も母も草葉の陰で泣いてはいないまでも、きっと苦虫をかみつぶしているのだろうな、、


三途の川の向こうにフーラが見えたら、前後のみさかいなく川に飛び込みますが、もし父母だけが立っていたならば、いま来た道を引き返すかもしれません。


親というのは、かように因果な商売なのですね、、

 

 

 

 

 


フーラに出会えたことで得た喜びと悲しみ。


どんなに悲しみが大きかろうと、フーラに出会えてよかった。


フーラに出会わない人生でなくてよかった。


かけがえのない、僕らの10年の余韻を味わうように。


その気持ちを、いま噛みしめているのです。

 

 

 

 

 


フーラは、サーラの中で生きています。


サーラは、フーラのかわりではなく、大切なひとつの命であり、唯一無二の個性ですが、サーラの中でフーラが共に生きていることを感じるのです。


サーラを慈しんで、ゆっくりと歩いていきましょう。


それが、僕らの生き方だと思うから。