皆さま、こんばんは。

上の写真は、僕が利用する駅のホームから撮った教会です。

この写真は、先週撮りました。

昨年の3月30日にも、この駅のホームで、同じ写真を撮っていました。

それが、僕のスマホの中で、フーラの生と死を分かつものとなりました。

教会より前のフーラは生きていて、教会の後には、抜け殻になったフーラがいるのです。

あの日、僕はフーラのそばにいたかったけれど、どうしてもはずせない仕事があり、3時間半ほど外出をしました。

駅のホームで教会を見上げ、僕が帰るまでフーラを生かしてくださいと祈りました。

僕はフーラに、必ず生きて待っていて欲しいと、家を出る時、フーラの目の前に、僕の顔を近づけて話しました。

しかしフーラは、僕が外出している間に、まるで計ったかのように旅立って行きました。

帰った時、フーラの体はまだ温かかった。

あともう少しだけ、頑張って待っていて欲しかった。

でも、あれから10ヶ月を超える時が経ち、今、僕はこのように理解しています。

フーラは、僕が駅に到着することを感じたのです。

だから、体を抜け出して、改札口まで僕を迎えにきてくれたのです。

そして、僕と並んで、元気だった頃と同じように、僕の顔を見ながら歩いていたのです。

フーラは、一番したかったことをした。

だから、それでよかったのだと思っています。

写真の中のフーラは、僕の答えが間違っていないよと話しかけてくれているようです。

なんとなくですが、僕には確信があります。

きっとそれが、僕とフーラをつなぐものであり、あえて言葉にするなら、「愛」と呼ぶものだと思っています。