今年の春、愛犬フーラを亡くし、冬を迎えた今、
ブログ仲間の皆さまの中に、愛犬を亡くされたり、愛犬が病と闘っている方がいらっしゃると、自然に目が行ってしまう自分がいます。
やはり、自らが味わったあの痛みと今、まさに闘っている方がいると思うと、自然と気持ちが向き、共感してしまうのです。
僕がフーラを亡くし、痛みに打ちひしがれていた時には、多くの方から応援していただき、ずいぶんと助けていただきました。
その恩返しと言うとおこがましいのですが、僕の心の中にあるものを伝えていくことで、現在、闘っているワンコとその飼い主さん、ワンコを亡くし悲しみの中にある飼い主さんたちに、寄り添うことができるのではないか。
そんなことを考えています。
僕が闘病しているワンコの飼い主さんに伝えたいことは、たった一つだけです。
愛犬が本当に望んでいるのは、皆さんと一緒にいたい、撫でられたい、ぬくもりを感じていたい。
ただ、それだけだということ。
ワンコたちは、高額な服を着せられてもわからないし、高額な医療や薬を施されたからといって、喜ぶ訳ではありません。
自らの死に対する認識も乏しいのだと思います。
僕は、フーラに何年間も、何種類もの薬を飲ませ、最後には毎朝、毎晩、家で点滴をしました。
それによって、フーラの体は楽になっていたはずですが、フーラには薬や点滴の意味はわかっていなかったと思います。
しかし、もし何も治療をしなかったら、おそらくフーラは1年から2年位は早く死んでしまっただろうという実感は持っております。
僕は、フーラに死んで欲しくなかった。
一日でも長く生きていて欲しかった。
だから、出来ることはなんでもやりました。
だけど、フーラは点滴が嫌いだったなぁ。
痛かったんだろうなぁ。
よく、針を刺す時に「ギャン」と鳴かれました。
僕の心も痛かったです。
いつも、点滴の準備を始めると、別の部屋へ逃げて行き、隅の方で固まっていました。
それでも信頼感があったから、抱っこされて、点滴をさせてくれたのだと思います。
最後の朝に打った点滴が、フーラの死亡時刻を早めたのではないかという後悔が、今も僕にはあります。
あれは、余計だったかもしれない、心臓に負担をかけたかもしれないと。
まあ、何を思っても後の祭りですし、きっとしなきゃしないで、点滴すればよかったと悔やんだのでしょう。
フーラの肉体は、多臓器不全を起こし、時間の問題でした。
それは、わかっています。
今、闘病中のワンコを見守っている皆さまには、ご自身が決めた選択を信じてくださいと伝えたいです。
何もしないで看取るという選択もあります。
やれることはやるという選択もあります。
ワンコは、飼い主さんの愛情を感じ、信じていますから、自信をもって。
唯一の正解はなく、どの選択も間違いではない。
だから、大丈夫です。
仮に病院で旅立ったとしても、後悔しないでください。
あるのは、僕たちと愛犬との愛と絆だけ。
さて、
この先は、また次にお話させてください。
どうやら、サーラのための時間がきたようです。

