僕の感覚では、もう2年くらい経ったような気がしています。
たったの9ヶ月間とは信じられない気持ちです。
そして、フーラの死から、サーラを迎えるまでの期間が、たったの6ヶ月間であったことも驚きです。
1年半くらいは経過していたように感じています。
時間て、何なのでしょう。
人間て、悲しすぎると、こんな風になるのですね。
サーラを迎えるまで、たったの半年しか経っていなかった、、、
長い長い時間、苦しんで過ごして、やっとサーラにめぐり合ったと思っていたのに。
僕は、初めてこんな感覚を味わいました。
そうして、サーラを迎えたことは、僕にとっての救いでした。
世話をするべき子がいることに救われたのです。
愛犬を亡くした悲しみから逃れるために、人々が何に向かうのかは、人それぞれなのだと、自分が当事者になって知りました。
すぐに新たなワンコを迎える人、保護犬のボランティアなどになる人、猫を飼う方に行く人、保護猫のボランティアなどになる人、もう犬を飼わない人、少し時間を置いてからまた飼う人、、
時折、悲しみのあまり、動物との暮らしをやめてしまう方もいらっしゃいます。
みな、それぞれのやり方で、自らの心が再生するまでの道のりを歩いています。
命をあずかって、人生を一緒に歩く。
僕は、犬が好きで本当によかったなと思っています。
人それぞれの時間、人それぞれの悲しみ、人それぞれの再生。
たかだか犬ころ一匹の死が、こんなにも悲しくて、
たかだか犬ころ一匹の存在が、こんなにもうれしい。
そんなことを、フーラとサーラが、僕に教えてくれました。
もうすぐ、フーラの旅立った2018年が、終わりを迎えようとしています。
フーラの魂がいつか蘇るなら、僕は必ず逢いたいと願っています。



