こんにちは。

いつも、フーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。

今日は、いつもと違うお話をさせてください。

亡き母の闘病中の出来事についてです。

ワンコの話ではないので、ご興味のない方は、スルーでお願いします。

人間にも、ワンコにもある病気、認知症についての話です。

僕の母は、若年性アルツハイマー病でした。

もう自分が誰かを説明出来なくなっていたある日、父と近所のスーパーに買い物に行った母が、父が一瞬目を話した隙に、いなくなってしまったことがあります。

たしか、金曜か土曜の午後であったため、僕の従兄弟連中も、みな車で集まってくれ、警察署にも届け出て、大変な騒ぎとなりました。

みんなで手分けして、徒歩や車で、かなり広範囲を捜索しました。

時期は真冬でした。

近所への買い物が外出目的でしたので、母の着衣は思いのほか軽装で、早くみつけないと、さすがに生命の危機を感じさせるような状況でした。

必死で一晩中捜索したものの、発見はできませんでした。

最初は、父を責めていた僕でしたが、これはあかんかもしれんな、、と思い始めた明け方には、逆に父を慰めていました。

仕方がないよと。

あ~、凍死してしまったかもしれんな、腹をくくらねばならないな、と考えました。

そんな中、朝陽が昇り始めたころ、警察署から連絡が来たのです。

それらしい女性が、保護されたと。

すぐに車で警察署に行くと、母は警察官と意味不明の会話をしていました。

思いのほか元気だったのが意外でした。

家から徒歩20分くらいの民家の前で、保護されたそうです。

その家の方が、朝、雨戸を開けたら、塀の向こう側の道に母が立っていたというのです。

今となっては、笑い話にできますが、当時は大変な思いをしたものです。

その出来事が起こるだいぶ前、今にして思えば、母がすでにおかしくなっていたある日、母の言動をきっかけに、父と僕が大喧嘩になったことがありました。

勘当だ。

こっちから出ていくぜ。

くらいのやりとりはあったと記憶しています。

細かいいきさつは忘れましたが、後からふたりだけになった時、母が僕にそっと言った言葉が忘れられません。

「こー君は、本当は誰よりも優しい子だから。お母さんは、わかっているから。ね、お父さんと喧嘩しないでね」

あなたのおかげで揉めているんだがな?と、その時は思いましたが、なぜだか、その言葉が忘れられません。

僕がもっとも印象に残っている母の言葉は、おそらく、最後のまともな言葉であったであろう、それなのです。

人生というのは、わからないものです。

母は、祖母が膵臓癌で苦しんで亡くなった経験から、癌研病院で半年に一度くらい検査を受けておりましたが、自身は自らの病名すらわからなくなる病になりました。

皮肉なものだと思うのです。

いや、もしかしたら母自身の望みが叶ったのかもしれません。

何も恐れる必要がなくなったのだから。

おれは、優しい子なんかじゃねぇんだがな、、

いつも、そう思います。

しかしながら、いつまでも消えない言葉。

母親とは、そのようなものなのでしょう。

僕が犬を好きなのは、そして、雑種犬をみるとたまらなく愛しいのは、まるで自分を見ているような気になるからです。

幼いころに出会った雑種犬たちこそが、僕自身なのです。

今、また抱きしめることができたなら。

おそらく、そんな想いでフーラを愛し、フーラと暮らし、そして今、サーラとの暮らしを慈しみながら歩いているのです。




(サーラ)



(お空のフーラ姉)