(お空のフーラ姉)


先日、雨の日のサーラとのお散歩について書いた中で、僕がおうちでパソコンに向かってばかりいたら、サーラがわざとフローリングの上にオシッコをしたと書きました。




(サーラ)


フーラの7回目の月命日を迎えるにあたり、2016年の1月末にブログを始めてからの2年間と、フーラの犬生最後の2年間が一緒だったことを、改めて想いました。


僕は、フーラの死期が迫るまでの間は、せいぜい週に1回か2回しかブログを書いていなかったかわりに、書くとブログにしては割と長めの文章を掲載していたように思います。


僕がパソコンに向かっているとき、背中の向こうには、いつもフーラがいました。


フーラは、もう歳をとっていたので、サーラのように、遊べ、かまえと、訴えては来ませんでしたが、本当は淋しかったのではないか?


そんなことを、今更ながらに、サーラと暮らし始めて感じています。


まだ8歳のサーラは、これみよがしにオシッコを漏らしたり、僕に飛びかかってでも、自分にかまえと訴えてきます。


なんだか、フーラに申し訳なかった気がしています。


フーラは、すでに16歳を過ぎていたし、長年一緒に暮らしていたから、ガマンしてくれていたんじゃないかなって。


僕は、もっとフーラに向き合い、フーラを抱きしめてあげればよかったなぁ。


ごめんね、フーラ






(2018年2月末、今にして思えば、余命1ヶ月だったフーラ姉)



ブログは、おまえより大切なものではなかったのだけれど、おまえと向き合う大切な時間を、だいぶ使ってしまったかもしれない。


こういうのを、覆水盆に返らずというんだね。


今にして考えると、もう少し時間の使い方があったように思う。




(お空のフーラ姉)


だから、せめてパパはそれをサーラとの暮らしで生かしていくからね。


いまは、パソコンに向かってブログを書くのも、見るのも、ほとんどやめました。


スマホを使えば、サーラを撫でてあげたり、サーラに寄り添いながらでもできるからです。



(お空のフーラ姉)


僕は、未熟だったなぁ。


許しておくれよ、


フーラ


おまえは、


誰よりも優しい子だったんだ。



(お空のフーラ姉)


あと、少しだったんだね


フーラ