皆さま、こんにちは。
こーたです。
今日は、フーラの6回目の月命日です。
長い長い6か月間だったなぁ、、、
半年という時間がこんなに長く感じたのは、初めてのような気がします。
あ、これはあくまでも、フーラのことを想ったときの時間感覚です。
同じ半年間でも、仕事のこととして振り返ってみると、あっという間の6ケ月間でした。
それまでのフーラの闘病の長さ、大変さ、死に向かうフーラを見つめる日々の葛藤、
フーラの死を受け止めねばならなかった心の痛み、苦しみが、
時間を限りなく長いものにしていたのだと思います。
正直に言えば、新たにサーラを我が家に迎えても、
何年後かに、、、
そう、どんなに長くても10年、
短ければ3~4年後くらいに別れが来て、
あの痛みに再び向き合わねばならないのだと考えると、
本当は、今はまだ自信がありません。
サーラ
犬を飼うことの最大の壁は、愛するワンコが
いつか自分より先に天国に行ってしまう苦しみを受け止めて
乗り越えねばならないことにあるのかもしれません。
それでも、、、
やはり、僕は犬と暮らしたいのかな?
いえ、もちろん保護団体さんに里親となることを申し出て、
承認していただいたわけですから、必ず終生サーラを守ります。
しかしながら、フーラの最後の日々に、
朝の散歩へ行くこともなくなり、最後の1ケ月については、
朝晩両方とも散歩に行けない日々だったこともあって、
ワンコと散歩に行くために、自分が早起きできるのかさえ、
正直に言うと、今はわからないのです。
うれしい反面、恐いような気がしています。
サーラの命を最後まで守る自信はあっても、
いつか大きな喪失感と悲しみに、再び向き合わねばならない運命、
自分がした選択に対して、恐れをいだいているのだと思います。
犬と暮らすって、、、
喜びの方が大きいのか、悲しみや苦しみの方が大きいのか、
いったい、どちらが大きいのだろう?
フーラの死を経た今、そんなことを考えます。
この半年間、僕はこれまでの人生で最も多くの涙を流しました。
世話になった父や母に、感謝の言葉を伝えたこともなく、
その死に対しても涙を流したこともない自分が、
フーラの死と向き合い、床にうずくまって泣きました。
おそらく父母は、草葉の陰で苦笑いしていることでしょう。
ブログを始めたおかげで出会えた全国の皆さまには、感謝しかありません。
日本全国に、世界中に、その方なりのスタイルでワンコを愛する人たちがいる。
愛するワンコの病気と向き合っている人たちがいる。
そのことにずいぶんと助けていただきました。
また、今ではフーラの腎不全の闘病記録としても、
誰かのお役に立てるのかもしれないと感じています。
僕のような、血を見ると体中の力が抜けてしまう人間が、
フーラの腎不全と向き合い、
フーラに毎日点滴をしてあげられるようになるのだから、
人間は、本気になれば何でもできるのだと思いました。
これまで、たくさんの「いいね」や、「コメント」や、「メッセージ」をくださった皆さまには、
心からの感謝をお伝えさせていただきます。
これまで、2016年の1月末くらいから、2年半以上にわたりブログをしてきて、
皆さまの善意に支えていただき、人の善意というものを信じることが出来ました。
そのすべての温かいお言葉に、感謝の気持ちを贈らせていただければと思います。
その反面、この日本には悲惨な犬猫の現状が終わることなく続いています。
殺処分や虐待に対して、我々は決して目をそむけてはいけないと、
みなが自分のこととして受け止め、力を合わせて闘い続けねばならないと感じています。
また、僕のブログに対して、ただ一度だけ、ただ一人だけ、
フーラの死の当日に書いた「フーラが星になりました」に対し、
「犬の死体の写真なんか載せてんじゃねーよ、このバカ。死ね」という類のコメントを
してきた人間がいたことも、胸に刻みました。
発見してすぐに削除しましたので、気づかれた方は少なかったと思います。
また、その後、ワンコの亡骸を掲載する際に、それを冒頭にお知らせされている
皆さまのお心遣いにふれ、僕自身の気付きもありました。
その酷いコメントを見た時には、フーラの死を穢してはならないと感じ、ただ削除だけを行いました。
が、このような匿名性の中でだけ、人を批判し穢す輩とは、あらゆる手段で徹底的に闘う覚悟があります。
半年を経た今、僕は一度だけ、それを表明しておきたいと思います。
僕は、皆さまの善意を信じています。
また、この半年間、皆さまの善意に支えていただきました。
フーラの魂が今も僕と共にあること、
写真や骨壺の中にフーラがいるのではなく、
僕の左胸にフーラの魂はいつもいて、
僕がそう信じ、そう感じているときには、本当にそこにいるのだと、
そう信じることが出来るようになりました。
そうは言っても、今でも、、
先ほども、、
「フーラ、会いたいよ」とつぶやく自分が、まだいます。
しかし、それでいいのだと思っています。
僕が今から書くことを、大切な仲間である皆さまには、
どうか許していただきたいと考えています。
「僕の心からの感謝を、最初にフーラへ、次に時へ、そして皆さまへ捧げます」
フーラ
来週から、お前の妹サーラと歩いていくからね。
だけど、いつも一緒だよ。
ありがとう
フーラ
僕は、君を愛しています









