時間が、
すこしずつ
フーラを失った悲しみを、
癒やしてくれるように感じています。
今は時間だけが、
切ないながらも、味方なのです。
トイレに座っているとき、
ふと、
フーラがいるような気がして、
「フーラ、パパいるよ!」
と言いながら、ドアを開けます。
すると、僕の中にいるフーラの残像が、僕の目の前でしっぽを振りながら、僕を見つめるのです。
床と壁に浮かび上がったフーラは、時にトイレの中に入ってきて僕に抱っこをせがみ、時に僕を見て安心し、振り返って戻っていくのです。
そんなふうにして、時折、床と壁を見つめている自分がいるのです。
フーラが死んで6カ月目に入り、僕は今でも、そうやって、フーラと会話をしているのだと思っています。
フーラの残像は、
フーラそのものとして、
今も僕の中に生きています。
今朝も慌ただしさの中で、フーラにそっと「ありがとう」を言いました。
フーラ


