みなさま、こんにちは。
あと1週間ほどで、フーラの3度目の月命日を迎えます。
長くて短かった三か月。
まだ、たったの三か月さえも時は過ぎていないのか。
本当に、フーラがいなくなって、それしか時間が経っていないのか。
悲しみの時間が濃すぎて、フーラとの最後の日々が、遥か彼方の出来事のようにさえ思えます。
本当に、おまえはよく頑張った。
パパの前で、必死に生きようとする姿を見せてくれた。
死の四日前、自分で食べられなくなったフーラを抱きながら、口に茹でたお肉をいれると、フーラは必死に飲み込みました。
死の三日前、飲み込む力をなくしたフーラを抱きしめながら、喉の奥まで指を入れてお肉を押し込んだら、フーラは必死に飲み込みました。
死の二日前、ついに押し込んでも飲み込めなくなりました。
先生から、窒息の危険があるので、もう点滴だけにしてくださいと言われました。
そして、最後の瞬間まで、フーラは頑張ってくれました。
ああ、生き物が死に至る最後の多臓器不全とはこういうことか、と僕に教えてくれました。
死にゆく父や母からさえ学べなかったことを僕に残して、フーラは走り去っていきました。
フーラは、本当に、本当に、頑張りました。
ただただ、頑張り続ける無垢な姿を、その無垢な本能を、僕に見せてくれました。
フーラの目は、一心に僕を見つめてくれました。
一緒にいたいという愛を、その目にたたえて、僕を見つめてくれました。
できることなら、僕はもう一度フーラに会いたい。
できることなら、もう一度抱きしめたい。
心の底から、そう思います。
しかし、それでもこのところ、僕は淡々と毎日を送れるようになってきました。
フーラの記憶が消えた訳ではないですが、日常生活の落ち着きを取り戻してきました。
ただし、最後の日々の写真と動画は見ないようにしています。
今は、やはりつらいのです。
大切な宝物ですから、生涯をかけて、何度もゆっくり見ていきます。
フーラ
なにを見ているの?
僕の大切な娘よ。
ねぇ、フーラ
虹の橋まで、
おまえのいるところまで、
パパの声は聞こえているかい?




