みなさま、こんにちは。

こーたです。
昨日、フーラの2回目の月命日を迎えました。
フーラが逝ってから、まだ、たったの2カ月しか経っていないことに対し、僕は本当に不思議な気がしています。
フーラが急激に死に向かい始めた3月10日(僕の誕生日でもあります)から、3月30日に迎えた死、そして、その日から過ごした、この2カ月間という時。
その時間が濃すぎたせいなのか、僕にとっては、フーラの死がはるか昔のことのようにも思われるのです。
しかし一方で、いまもフーラのことを考えないでいられるのは、仕事に集中しているときだけで、あとはフーラのことがいつも脳裏にあるのです。
つまり、時間感覚と気持ちのバランスが、どうやらおかしくなっているようなのです。
時間の経過と共に、フーラに関する記憶や感情が徐々に薄れていくどころか、形を変えながら、逆にどんどん色濃くなって、僕の脳裏に、記憶の視界に、現れてきます。
それが、前回表現した「寂しさ」というものでもあるようです。
さて、そんな中で、先日5/23にリブログさせていただいた、「フーラちゃん こんにちは」には、たくさんのいいね、コメント、リブログなどしていただきまして、本当にありがとうございました。
なにより、フーラの記事をアップしてくださった、しゅうさん(しゅうのブログ)に、心からの感謝の気持ちをお伝えさせていただきたいのです。
しゅうさんの記事を見せていただき、僕自身が包まれているような癒しを得ることができました。
フーラが、すぐそばにいるように感じられたのです。
僕にとって、フーラが死んでしまってから、一番うれしい出来事になりました。
まさに、泣き笑いです。
かわいらしい絵に、微笑みながら、泣きました。
うれしさと淋しさが混ざって、泣きながら微笑みました。
あの日から、後ろを振り返って、「フーちゃん、そばにいてくれるの?」と、フーラに話しかけるのが日常になりました。
泣きたければ泣き、笑いたければ笑い、そばにいて欲しいなら、そばにいて欲しいと言い、湧き上がる感情に素直な自分であり続けたいと思うのです。
愛するフーラのことで悲しみ続けてはいけないと無理をしたり、罪悪感を背負ったり、感情を抑制したり、思考をコントロールしようとするのは、なんだか悲しい気がするのです。
フーラは、きっとわかってくれる。
そう信じています。
しゅうさんがブログにアップしてくださったフーラの絵は、本当に可愛かった。
僕の後ろに、本当にフーラがついてきてくれているのか、僕の目には見えません。
だけど、心の目には見えるような気がするのです。
もし、フーラがいてくれたら、本当にうれしいなぁと、そう思うのです。
しゅうさんの娘さんが描いてくださった絵は、まさに、僕の宝ものになりました。
改めて、心からの感謝をお伝えさせていただきます。
一歩一歩、少しずつフーラの死を受け入れ、カラ元気ではなく、本当の元気を取り戻していきたいと願っています。
そういえば、しゅうさんがブログをアップしてくださる1週間くらい前から、「鈍感なパパでも分かるように、また新しいメッセージをちょうだいね」と、毎晩、僕は寝る前にフーラへ語り掛けていました。
そうしたら、しゅうさんからのブログをいただく前の晩にも、不思議なことがありました。
夜、自宅マンションに帰ってきた時、エントランスに僕が入った後、いま閉まったばかりの自動ドアが、誰もいないのに、風が吹いてもいないのに、2秒後くらいにヒュッともう一度開いたのです。
思わず、誰かがあとから入ってきたのだと思って振り返ったのですが、誰もいませんでした。
僕は、フーラが表で待っていてくれたんだと感じ、「フーラ、一緒に上がるよ」と言って、自宅に帰りました。
しかし、フーラはそのあと、もっとすごいサプライズを用意してくれていたんですね。
なんと、しゅうさんの娘さんのところに、僕へのメッセージを伝えに行ってくれていたのです。
東京から、しゅうさんご一家のいらっしゃる北海道まで、ひとっ飛び。
だから、改めてフーラにも、お礼を言いたいと思います。
ありがとう、フーラ
パパは、本当にうれしいよ。
ただね、泣いてばかりだと、かっこ悪いからね。
ゆっくり、少しずつ、頑張ってみるからね。
見ていてね。

(がんばれ、パパ)
フーラは、僕の誕生日である3月10日に起こした引きつけを合図に、その日から20日間、命を燃やし尽くすまで闘いました。
そして、3月30日に星になったのです。
一生、何があっても忘れようもない最後の日々。
僕は、これから死ぬまで、自らの誕生日には、フーラのためだけに祈るでしょう。
一生、3月10日には、フーラのためだけに涙を流すでしょう。
やっぱり、フーラと僕は魂でつながっているんだね
きっと、そうだよね
ありがとうね
フーラ








