こーたです。
今日、フーラのいわゆる四十九日を迎えました。
そんな中、僕には、どうしても心が震えてしまい、冷静に見られないフーラの写真があります。
あえて、今日、それを書かせていただきます。
読者のみなさまは、おそらくご存じの、この写真です。
2017年12月16 日 22時42分に撮った写真。
フーラが死ぬ3ヶ月半前に撮られたことになります。
そして、フーラの死をみなさまに報告した3月30日のブログに、この写真を使いました。
3月30日に、記事を悲しみのうちに書いている時、
この写真が、フーラと僕の日常や、関係性を伝えるものとして、ふさわしい気がしたので、その記事の最後に載せたのです。
僕がベッドに寝転がって、フーラに腕枕しているだけの写真なのですが、僕は、このフーラの表情がとても好きなのです。
しかしながら、この写真を、悲しみの中で、フーラの死をお知らせする記事に使ってしまったがために、僕にとってこの写真がトラウマになってしまいました。
それ以来、この写真を見ると、心臓をわしづかみにされたような痛みが湧き上がってくるようになったのです。
普段の何気ない日常の断片であるがゆえに、かえって強い喪失感が、胸に突き刺さって来るのです。
フーラが死ぬ直前の写真も、みなやり切れないのですが、そこには互いに命を燃やして闘い抜いたフーラと僕だけの絆があり、限界まで闘いきった共感も、諦念も、そこにはあったように思えるのでした。
死を迎える直前のフーラは、生命を超越して、神々しくさえありました。
あの澄み切った目は、聖母を思わせるほど美しいものであったと今も感じています。
この時のフーラは、もはや自分では、目以外のどこも動かせず、目さえもほとんど動かせない状態でした。
そして僕は、フーラが死に至るまでの1週間、フーラを毎日、徹夜に近い状態で看病し続け、過労で一緒に死んでしまうかも?と思いながら向き合ってきました。
犬一匹を看取るために、死んだ男。
もし、本当にそうなっていたら、世間からは、たかだか犬一匹のために死んだ男として、失笑されていただろうと思います。
しかし、僕にとっては、まったく本望でした。
フーラは最後まで、死というものを知らず、死ぬなどとは思いもせず、ただ自らの本能に従い、懸命に生きようと闘っていました。
僕は、何があっても、フーラに寄り添わねばなりませんでした。
フーラがまともに歩けなくなり、留守番中に生命の危機に瀕する事態になることを避けるため、ケージに入れた際も、「何で、私をこんなところに入れるの?」という顔をしていました。
本当に、切ない出来事でした。
これまでずっと、室内フリーでお留守番し、暮らしてきたフーラを、最後の最後にケージに入れねばならなかったのですから。
それは、まともに歩くことができないフーラの命を守るため、必要な対処ではありましたが、とても苦しい決断でありました。
健常な時のフーラなら考えられないことでしたが、それまで普通に暮らしていた室内で、糸の切れた凧のようになり、通常ありえない形で死に至ることを予見する事態が、何度となく起きていたのです。
僕には、今は開封できない、いくつもの楽しかった記憶、苦しかった記憶があります。
いつか、フーラに感謝の想いを捧げつつ、その扉の鍵を開け、穏やかな心で、すべての記憶を取り出す日が来るように願っています。
いい子だよ、フーラ
おいで
さあ、寝んねするよ
そう、いい子だ
フーラ





