
(写真はすべて、今日のフーラ)
僕の相棒、
トイプードルのフーラは、
元保護犬で、間もなく18歳を迎える
おばあちゃんワンコである。
フーラと僕が一緒に暮らし始めたのは、
彼女が8歳を迎える2週間ほど前、
2007年の師走のことであった。
それ以来、この10年間というもの、
僕の生活は常に彼女と共にある。
今は腎不全を患い、
5種類の薬と
自宅での日々の点滴で
命をつないでいるフーラであるが、
なんとか年相応の元気?を
維持しながら、
大切な日々を、
共に寄り添いながら
生きているのだ。

随分、年老いてしまった
フーラであるが、
暮らし始めた当初から、
この子には素晴らしい長所がある。
それは、外では、
犬にも人にも吠えないということだ。
フーラは、元来、温厚な性格で、
家で留守番の際、
室内フリーにしても
全くいたずらをしたことがないのだ。
電気製品のコードををかじるとか、
リモコンを壊すといったことが、
一度もなかった。
いわゆるシニア犬と暮らす美点
とも言えそうであるが、
一般の子以上に、
この子は手がかからない
ワンコであったと思う。
さらには、外に出た際、
他のワンコにも飼い主にも
フレンドリーで、
もし相手のワンコが
吠えかかってきたとしても、
全く相手にするような
素振りがないのだ。
だから、
よそのワンコや飼い主さんと
トラブルになったことが一度もなく、
少なくとも表では、
とても楽な良い子なのであった。

もちろん、家の中では、
いたずらをしないながらも、
リビングも寝室も
自由にさせていることもあって、
帰宅すると
ベッドの上で暴れた形跡があったりする。
さらには、脱いでおいたパジャマが
ぐしゃぐしゃになっていたりもする。
しかし、僕のパジャマに埋もれて
寝ている姿を見たりしたら、
もう、僕はフーラが愛おしくて、
たまらなくなるのだ。
パジャマなんか、
人間の女性であれば、
平気な顔で、「くさい!」とか
言うにちがいないけれど、
フーラは幸せそうに、
顔をうずめて寝ているんですぜ!
なんという無垢な愛情であろうか。
あるいは、単に
くさいもの好きというべきなのか?
あ、認めてしまった(笑)
もちろん、
食べ物に対する
執着っぷりを発揮するなど、
ワンコらしさ全開のワガママさも
持ちあわせたお嬢様なのであるが。

話が横道にそれてしまったようだ。
さて、そんなフーラであるが、
今までに一度だけ、
外で、
とてつもない剣幕で
吠えたことがある。
それは、いま思い返しても
驚くような出来事であった。
もう、かれこれ
5年くらい前のことになるであろうか。
ある日、僕とフーラは
家の近所を散歩していた。
何気ない日常のひとコマであった。
すると、前方から
今までに出会ったことのない、
柴犬と飼い主さんがやって来たのだ。
そのワンコは
普通の柴ちゃんであったが、
ひとつだけ際立った特徴があった。
それは、失礼を承知で申し上げるなら、
ヨボヨボの老犬であるということだった。
自分の足で歩いているのだが、
首は前に傾き、
ほとんど足もとの地面を見るような
姿勢になるまで、
頭が下がっていた。
そして、
秒速5センチくらいのスピードで、
ヨタヨタと下を見ながら歩いてくるのだ。
僕は、
「あ-、とっても年老いた柴ちゃんだなぁ。
もう、足元もおぼつかないみたいだけど、
頑張って自分の力で歩いているね」
と心のなかで呟いていた。

心優しいフーラのことだから、
きっとフレンドリーに挨拶を交わし、
シッポを振ってくれるだろうと
当然のように考えていた。
ところがである。
当初は、前方に柴ちゃんを見つけ、
いつものようにワクワクしながら、
軽くシッポを振っていた
フーラだったのだが、
互いの距離が2メートルを
切ったあたりで豹変したのだ。
なんと、
当然グルルゥッ~とうなるや否や、
歯をむき出して、
柴ちゃんに
飛びかかって行ったのである。

ほとんど瞬間的な出来事で、
全く想定外の行動であったため、
僕はたいそう慌てた。
しかし、
幸いなことに
リードがピンと張って
フーラの行く手をはばみ、
柴ちゃんに飛びかかる前に、
伸びきったリードの反動で
フーラの体は跳ね返って、
こちらに向かって反転した。
その歯をむき出した顔は、
フーラにも犬としての野生があるのだと
感じさせるものであった。
とはいえ、フーラは
体重3キロたらずの小型犬である。
相手は、老いたるとはいえ、
フーラの3倍以上は
確実にありそうな体格の
柴犬だ。
あきらかに、
分不相応な威嚇であった。
僕は慌ててフーラを抱き上げ、
飼い主さんに
「ごめんなさい。
ふだんはおとなしいんですが、すみません」
と謝った。
柴ちゃんの飼い主である老婦人は、
とても温和な方で、
「大丈夫ですよ。
ねぇ~下向いて構ってくれなくて、
つまんないよね~。
おじいちゃんだから、ごめんね~」
と、フーラに話しかけてくださった。

当の柴ちゃんはといえば、
ずっと同じ体勢で、下を向いていた。
柴ちゃんは、
もはや身の回りの出来事に
反応する力がなかったのだ。
彼もまた、フーラより以上に、
その本能に従い、
その生命力に従い、
犬としての本分を
果たそうとしているかのようであった。
おそらく彼の視界には、
最初からフーラは
映っていなかったにちがいない。

フーラが、なぜ
あのような行動をしたのか。
僕には、いまだにわからない。
しかし、あえて言うならば、
強者としての威嚇ではなく、
自らの存在を
無きものとされたことへの
いきどおりのようなもので
あったように思われてならない。
彼女のどこに
それを怒らねばならない
必然があったのか。
それは、わからない。
が、なにより、それ以上に
僕は彼女に、
こう伝えてやりたい。
「フーラ、
柴ちゃんは
無視した訳じゃないんだよ」
フーラを諭す言葉を持たぬ
我が身を、
僕は、今も
もどかしく思っている。
