昨日、10月7日の土曜日、
 
僕は、朝一番でフーラを連れて
 
いつもの動物病院へ向かった。

金曜日の夜、帰宅すると、
 
トイレシートの周りにう○ちが散乱し、
 
シートにおしりをこすったような跡があった。

トイレシートをきちんと使えるフーラにしては、
 
非常にめずらしいことであった。

しかし、その後のフーラの行動を見て、
 
僕はおおよその状況が理解できた。

おそらく犬と暮らしている人なら
 
一度は見たことのある行動をフーラが見せたのだ。
 
肛門を床につけてうしろあしを前に投げ出して上げ、
 
まえあしで前進する、あれである。

あれを、フーラが始めたのだ。

抱き上げて、下がったしっぽをつかんで肛門を見ると、
 
まるで人間の唇のように腫れて、真っ赤になっていた。

「あら~!お前、肛門が腫れて、真っ赤じゃんか!」

という訳で、一晩おむつをして、
 
翌朝一番で動物病院に来たのである。
 


さて、長くなってしまったが、
 
ここまでは前置きである。

その日、午前9時から診療開始の病院に、
 
午前8時半に乗り込んだ僕とフーラは、
 
一番のりの患者であった。

しばらくすると、二番目の患者がきた。

バスタオルにトイプードルをくるんで抱いた
 
女性であった。

ワンコを一目見ただけで、
 
フーラよりも良くない状態であることがわかった。

女性の胸に抱かれながら、まったく動かないのだ。

フーラよりもひと回り大柄で、
 
ベージュ色をした、トイプードルであった。
 


待合室で、どちらからともなく、
 
その女性と会話が始まった。

聞けば、その子も腎不全で、
 
すでに固形物を食べる力が無く、
 
流動食と点滴で命をつないでいる状態とのことであった。

さらに、目はすでに失明しているとのこと。

年齢を聞くと、
 
保護犬なので正確なことはわからないが、
 
おそらく13歳くらいと先生に言われていると
 
話してくれた。
 
 

 
僕は、フーラも保護犬であること、
 
元飼い主が保健所に遺棄する際、
 
これから捨てるくせに
 
生年月日を正確に書いていったおかげで、
 
この子が今17歳9ヶ月であるとわかること、

同じく腎不全で、家で点滴をしていること、
 
歯が、もう犬歯2本しかないことなどを伝えた。
 


女性に抱かれたプードルちゃんの生い立ちは、
 
フーラ以上に苛酷なものであった。

なんと、9歳くらいで保護団体に救出されるまで、
 
悪質なブリーダー、
 
いや、繁殖屋と呼ぶべき犯罪者のもとで、
 
生まれてからずっと
 
狭いケージに閉じ込められたまま、
 
一度も外へ出ることもなく、
 
種犬をさせられていたというのだ。

そのため、救出された時点で
 
背骨は曲がり、
 
うしろあしは筋肉もなく変形し、
 
歩くことが出来ない体になっていたそうだ。

僕はその女性にいやな思いをさせないよう、
 
平静を装って聞いていたが、
 
実際には衝撃をうけていた。

なぜなら、そのワンコを最初に見たときの、
 
命を使い果たしてしまったような、
 
大変失礼ながら感じた、「ぼろ雑巾」のような
 
印象の意味と理由を、明確に理解したからであった。
 


その飼い主の女性や、そのご家族が、
 
そのワンコを大切にしていることは、間違いなかった。

彼を受け入れ家族にすると決める過程での
 
覚悟については、
 
並大抵のものではなかったはずだ。

女性に抱かれたワンコから流れ出る
 
安堵感のようなものが、
 
いま、彼が愛されていることを教えてくれた。

先住犬もいるという、そのご家族が、
 
彼に愛情を注ぎ、
 
彼がその家族の愛情に包まれ、
 
残り少ない日々を幸せに生きていることに、
 
僕は感動すら覚えた。

彼はその命を、そう遠くない将来、
 
燃やし尽くすかもしれないが、
 
その最期は家族の愛に包まれた、
 
温かいものになるだろう。
 


が、しかしである。

いったい、この日本という国は、
 
何なのだろう。

犬が、ペットショップで売られ、
 
ブームになった犬には驚くような高値がつき、
 
ブームが去ったあとには、保健所にその犬種があふれ、
 
我々が働いて納めた税金で、
 
炭酸ガスのガス室送りにして、
 
恐怖と苦しみを与え尽くして、殺す。

まるで、アウシュビッツを
 
いまだに容認している国としか思えない。

犬には、人間と同じように感情がある。

喜びも恐怖心もある。

フーラは、いまだに動物病院に行くだけで、
 
震えて怖がる。

おそらく、昔、保健所から保護され、
 
しばらくその動物病院のケージで暮らしていたころの
 
記憶や匂いが
 
蘇ってくるのかもしれない。
 

(7歳 保護時のフーラ)

コンクリートと鉄に囲まれた保健所の中ににいるだけでも
 
気の毒な彼らが、
 
鉄に囲まれた狭いガス室に送り込まれる時、
 
いったい、
 
どれほどの恐怖や絶望に包まれているのだろう。
 
彼らに、この境遇を変える力はない。

だから、僕らが力を合わせて、
 
人々の無知をなくさなければならない。

真実を知ることで、人の意識は変わる。

ペットショップで、犬や猫を買った人を
 
責めても仕方がないのだ。

彼らは、そのほとんどが、
 
善良で、責任感のある、良き飼い主のはずだ。

だから、日本中の心ある人々が、
 
犬や猫を飼う際には
 
保護犬、保護猫という選択肢があると知ることで、
 
未来は必ず変わっていくはずだ。
 


あきらめてはならない。

飼い主を責めるだけでもいけない。

そして何より、僕らが絶望してはならない。

この戦いは、長いマラソンだ。

みんなで力を合わせて、走り続けよう。

そして、
 
犯罪者は、法で裁かれねばならない。

僕の個人的感情としては、動物を虐待して殺す者と
 
虐待して繁殖させる者は、許すことができない。

が、日本は法治国家であるから、
 
法で裁くのだ。 

虐待を許してはならない。

動物を虐待して、殺し、
 
その動画をユーチューブに
 
アップするような人間を、野放しにしてはならない。

また、ブリーダーになる人は、
 
真にその動物を
 
愛する者でなければならない。

扱うのは、「命」だからである。

繁殖屋を、許してはならない。

昨日、犬への愛情に溢れ、
 
繁殖屋の犠牲となった子を、
 
家族として迎え、
 
愛し、守っている人と出会い、
 
僕は心を新たにした。

日本を、ドイツのように
 
人間が動物を守る国に、変えていきませんか?

僕は、必ずできると信じています。