(8歳ころのフーラ)

僕の心の中に、一匹の犬がいる。
子どものころに出会った、
名も無き一匹の野良犬。
白い雑種の犬だった。
まだ、僕が小学校3年か4年くらいのことだったろうか。
以前ブログに書いた、我が家のエスは、
もうすでに家にいなかったと思う。
ある日の晩、近所の子どもたちや親たちが集まって、
広場で花火をしていた。
だから、季節はおそらく夏だったのだろう。
打ち上げ花火や線香花火などをして、
子どもたちが大騒ぎしていると、
どこからともなく、薄汚れた一匹の白い雑種犬が現れた。
さがったしっぽをブンブンふりながら、腰をかがめて、
申し訳なさそうに、しかし、必死の雰囲気をただよわせて、
僕らの間を走り回った。
腰をさげ、「すみません、すみません。」と
謝りながら走っているように見えた。
そのへりくだった様子から、
噛みつく犬でないことはすぐにわかった。
生来、犬好きであった僕は
「おいで!」とその子を呼んだ。
犬の方でも、自分を邪魔者扱いしない人間を
察知できるようで、満面の笑みを浮かべながら、
腰を低くしたまま、しっぽを全開にして走ってきた。
僕は、ハヒハヒと興奮している犬を、
しゃがんで抱きしめ、その頭をなでてやった。
犬は、更に腰をかがめ、更にしっぽを大きく振って、
僕の手や顔をベロベロとなめ、愛想を振りまいた。
「うれしいの?さみしかったの?」と僕は聞いた。
僕は、なんだか哀れみを感じてしまい、
母に「きっとお腹がすいているんだよ」と言った。
みんなで食べるための、おにぎりや、のり巻きを割って、
放り投げてやると、気が狂ったように喜び、
ほとんど噛まずに飲み込んでいった。
いまのように、東京で野良犬を全く見かけない時代ではなかった。
花火が終わると、三々五々、子どもたちは家に帰っていった。
その犬は、先ほどと同じように、腰をかがめ、
さがったしっぽをブンブン振って僕らを見ていた。
彼にしてみたら驚くほどのおいしい食事にありつき、
さながら「ありがとうございます。
みなさんのご厚意に感謝いたします。」と
言っているようだった。
僕らが広場を出て行くとき、
彼は僕らについて来たそうな様子だった。
僕は、母の顔を見た。
母は、僕の気持ちに気づいており、「ダメよ!」と言った。
僕は、なんだか切ない気持ちになったが、
この犬を連れて帰り、
我が家で飼ってやれるわけでないことはわかっていた。
かわいそうであったが、犬はそのまま広場に取り残された。
犬自身も、そのような扱いに慣れているようで、
それ以上追ってくることはなかった。
振り返ると、彼は広場にじっと立ちつくして、
ひとりでこちらを見ていた。
僕は、胸にチクリとした痛みを感じた。
しかし、どうすることもできなかった。
その翌日、広場に行くと、彼はもういなかった。
もう一度、彼に会いたかった。
僕は、とても落胆した。
また、戻っておいで。
僕は、心の中でそうつぶやいた。
しかし、残念なことに、
その後、彼に会うことはもう二度となかった。
数十年前に、たった一度だけ出会った犬の記憶。
彼は、もうはるか昔に、土に還ったことだろう。
しかし、なぜだかわからないが、
僕は今でも時折、彼のことをふと思い出す。
この人生で、折に触れ何度も何度も思い出すのだ。
彼のすまなそうな姿と、あの時感じた切なさが、
僕の中でよみがえってくる。
今、彼に逢えたなら。
さあ、一緒に家に帰ろう。
そう言ってやれたのに。
心の中の彼は、すまなそうにしっぽを振り、
広場に立って、僕を見ている。
ごめんね。
君は犬生を楽しめたかい?
今も彼は、僕の中で
そっと生きている。