みなさま、こんにちは。
 
フーラとこーたです。
 
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
 
 
 
 
現在こーたは、昨年12月13日に永眠いたしました
 
父の喪に服しております。
 
新年にあたり、心を新たにし、今日は今までと少し
 
トーンの違うお話をさせていただきたいと考えております。
 
「高貴なる人」について。
 
僕が見た、高貴な人についてのお話をさせてください。
 
一昨年のことだったでしょうか。
 
正月2日、僕はワンコを連れて初詣ができる、
 
市ヶ谷の亀岡八幡宮へ、フーラと共にお参りに出かけました。
 
我が家から市ヶ谷へと向かうには、目黒から天現寺、霞町とぬけ、
 
青山墓地の脇を通り、青山一丁目を過ぎて権田原の交差点を右折し
 
赤坂御用地の裏手から、学習院初等科、迎賓館の前を通って、
 
四谷見附からお堀ばたを市ヶ谷へと下るルートになります。
 
僕は、ジーンズにダウンというラフな出で立ちで、
 
助手席にフーラを乗せて、車を走らせていました。
 
それは、学習院初等科前の信号で止っていた時のことだったと記憶 しています。
 
右前方から、白バイに2台に先導された黒塗りの大きな車があ らわれました。
 
後部座席には、正装をされた皇太子殿下が
 
侍従と思 われる人物と共に座っておられました。
 
警備は前後の白バイ4台だけと思いのほか質素であったのが印象的でし た。
 
僕は信号で止まりながら、この十数秒間ほどの邂逅に興奮しました 。
 
前後を確認すると、僕の車以外は一台の車も止まっておりませんでした。
 
さすがに、窓を開けて身を乗り出せるはずもなく、
 
窓を閉めた車内から「おっ、浩の宮さまだー」などと声を上げてい たのでした。
 
その十数秒間は、僕のなかに強い印象を残しました。
 
皇太子様が乗った車は特別な車で、後部座席に座っている皇太子様の
 
上半身が、ガラス越しにほぼ見えていました。
 
当然のことながら、車のガラスは透明です。
 
皇太子様は、車の中で背筋をまっすぐに伸ばし、まっすぐに前を見据え、
 
反対車線にとまる民間人(こーた)の車を一瞥することもなく
 
ややあごを上げて、まっすぐ前に向けた顔を
 
微動だにさせることなく、通り過ぎて行かれました。
 
僕は、あのような姿で車に乗っている人を、生れて初めて見ました。
 
この世に生を受けた時から、どのような存在として生きるかを宿命 づけられた人。
 
これまで、テレビでその姿を拝見するたびに、
 
髪型はもうすこし何とかならんのか、とか、
 
服装はもう少しオシャレにしてもばちは当たらんだろう、
 
などと思ってい ました。
 
しかし、新年一般参賀の帰り道と思われるその姿を拝見 し
 
わが国の象徴とならねばならぬ宿命を背負って生きる人の
 
その背中にあるものの大きさに、感嘆せずにはおれませんでした。
 
僕は、特定の思想や宗教を持っているわけではありません。
 
あえて申しますと自身が受けた学校教育の関係で
 
キリスト教の影響を色濃く持っていると認識しています。
 
が、洗礼は受けておりません。
 
まさに、特定の宗教を持たない日本人の典型のような人間です。
 
まあ、それはいいとして、、、話が横道にそれました。
 
皇太子殿下との邂逅は、僕がこの世に生を受けて以来、
 
初めて高貴なる人を見たと確信できた瞬間でありました。
 
高貴ぶろうとしている人間ではなく、高貴なる人。
 

現在の日本においては、どのような職業にあろうが

 

どのような年齢であろうが、男女いずれであろうが、
 
貧富いずれに属そうが、僕を含む誰しもが多くの場合
 
自らの権利を主張し、自らの欲求に従って
 
生きているように思われます。
 
もちろん僕には、それを否定する気持ちは毛頭ありません。
 
なぜなら、「個の自由」ほど尊いものはないと考えるからです。
 
が、しかし、自由であるがゆえに、
 
自由とは何であるか考えることをやめてしまったり、
 
自由であるがゆえに生じる責任、
 
求めうる権利に伴って生じる義務について
 
考えることを忘れがちな僕たちである気も致しております。
現代の日本において、望むと望まざるとにかかわらず、
 
あのような宿命を担って生きている人がいること、
 
その宿命を背負うがゆえに、高貴なる人。
 
その存在に対し、僕は一人の日本人として、
 
敬愛の念を持たずにはおれません。
 
とはいえ、一庶民たる僕自身の今年の生活へと思いを巡らせますに、
 
今年もまた、日々の生活に追われ、仕事に追われ、
 
お金の算段などに追われ、フーラとの日々の生活を慈しみつつも、
 
笑ったり、泣いたり、時に酔っぱらったり、はたまた、
 
女性を想ったりしながら、生きていくのだろうと思っています。
 
それでも、僕のような人間でさえ5分の魂を持っているとするならば、
 
今も世界中で起きている宗教や民族の対立、テロ、貧困、災害といった課題に、
 
無関心であってはならないと思っています。
 
そして、僕たちが愛するワンコやニャンコたちの命を、
 
心あるみんなの力で守っていきたい。
 
僕たちが愛する犬や猫が、僕たちが払った税金で殺されている、この国。
 
この日本という国を変えるのは、誰でもない僕たち自身であると心に刻 んで。
 
 
 
 
今年もみなさまと共に、楽しみながら、悩み苦しみながら、
 
かけがえのない日々を送っていきたいと考えております。
 
全国におられる、自らのスタイルを持った素敵な方たち、
 
温かい心を持った方たちと、共にあることを願って。
 
 
こーた