こんにちは。

フーラとこーたです。


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昨日のフーラ



昨日、こーたは3か月に一度の喘息の病院に行ってきました。


昨日の東京は朝から雨でした。


朝7時半に家を出て、8時過ぎに半蔵門にある病院に到着。


こーたは、通常、吸入薬と飲み薬の2種類を常用しています。


そして、喉の痛みや咳など、喘息発作の誘因となる症状が出た際に追加する薬を4種類、


喘息発作が出てしまった際に使用する薬をさらに2種類常備して、


お医者様の指導のもと、自身の判断で使い分けています。


おかげさまで、横になって眠れないほどの発作は、もう何年も起きていません。

(喘息は、ひどい発作になるほど横になると苦しくなり、夜中も横になって眠れなくなるのですが、呼吸が苦しいうえ睡眠をきちんと取れないため、肉体的にも精神的にも苦しい状態に陥ります)



こーたとしては、いまジョギング程度になっている運動を、


また以前のようにフルマラソンを走れるくらいまで上げていきたいというのが希望です。


これは、オリンピックの影響ですね(笑)



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病院を出たのが10時すぎ。


クルマで半蔵門から隼町の交差点を曲がって、246を渋谷方面に。


そして、赤坂見附の高架を抜けて赤坂の虎屋本店の前あたりまで来たとき、


いきなり「ゲリラ豪雨」に遭遇しました。


一瞬にして、ワイパーを最大にしても、前がよく見えない状態に。



「うわ、やばい。車線変更とかしたら、まわりとぶつかるかも。」なんて思っていたら、


外苑前の左カーブで、前を走っている車がぶつかりそうになっていました。


でも、お互いのドライバー同士は何事もなかったかのように平穏にやり過ごし。。。


それを見て、昔に比べると、日本のドライバーも成熟してきたなと。


「なんだ、こら!」みたいなそぶりを見せる人が、以前より減ったなぁと。


実際は、どうなんでしょうね。この感じ方は正しいのかな?



表参道の交差点では、今日もお仕事をされているらしい方たちが、


ほとんど意味を失った傘をさして立っていました。


きちんとスーツを着てパンプスを履いた女性もいましたが、


この雨の中でも行かねばならない場所があるからそこに立っているわけで。


きっと靴の中、雨水でタプタプなんだろうな。スーツもぐしゃぐしゃ。


大変です。



あまりの雨に、大きな通りを避けたくなった僕は、


渋谷駅前で246から明治通りに入り、恵比寿から駒沢通りに抜けて帰ってきました。


山手通りから先、片側1車線になる駒沢通りはまだ怖くなかったですが、


クルマで走るのが怖いほどの雨っていったい何なんでしょう。



よく言われることですが、日本の気候は明らかに変わってきていますね。


僕たちが子どものころは、「夕立」というものがあり、


それが記憶の中に想い出、経験として存在していましたが、


いまの子どもたちは幼い頃の思い出として、「ゲリラ豪雨」を語るようになるのでしょうか。



夕立には、日本の気候らしい趣きというものがあったと思います。


子どもや女性の浴衣姿を連想させるような。


そして、雨が上がりには、虹が見えたり。


だいたい、ゲリラ豪雨のなかで浴衣なんか着ていたら、大変なことになってしまいますよね。


それに、僕自身はずいぶん長く、東京で虹を見る機会に恵まれていないような気がします。



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そういえば、昔は縁日の屋台で「ぼんぼん」って言ったかな?


小さな丸い風船に水が入っていて、それがゴムにつながって。


まりをつくように、ぼんぼんぼんって。


そんなのが、ありましたよね?(名前なんて言うんでしたっけ?)


打ち水なんていうのも、あまり見なくなってきたなぁ。


そうだ、風鈴も見ないし、その音を聞かないなぁ。


いまは、ご近所からうるさいとか言われちゃうのかな。


子どものころに聞いた音や風景は、心の中に残るのに。




今日もフーラは、元気です。



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昨晩は、多摩川の花火大会がありました。


午前中の雨を見たときには中止かと思いましたが、午後から天気が回復し開催されました。


でも、夕方にもまた雨が降り、近年では一番よくない天候での開催でした。



お盆休み明けの仕事で少しくたびれていた僕は、夕方近くから寝てしまい、


花火が始まってから起き出して、フーラを抱いて家から花火が見えるところまで歩き、


ほんの2、3分だけ見てきました。



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僕は、昨日、花火をあまり見たいと思いませんでした。


理由の一つは、おそらく僕の体が疲れていたこと。


もう一つは、桜の花を見た時と同じような気持ちを、


今日は味わいたいと思わなかったことでしょうか。


多摩川の花火を見ると必ず、今年もこの花火を見れたな、


この1年をなんとか生きてきたな、来年もまた見れるかな、と考えます。


そして、フーラは来年も元気でいてくれるかな、とか、、、


一瞬の輝きとその裏にある儚さ、を感じたくなかったのだと思います。



このあたりの街にもこんなに人がいたのかと思うほど、どこからか人があふれ、


家々にともる灯りが、その奥にある人々の営みをより強く感じさせる日でもあります。



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なにはともあれ、花火は終わりました。


立ち止まって見つめる必要のない平凡な日曜日を迎えたことに、安堵しています。


それでも、花火を通して、家族が、恋人たちが、友人同士が、


年に一度、何かを確かめ合うことができるのなら、花火はやはり素晴らしい行事なのでしょう。


その儚さゆえに、僕らの心に何か大切なものを残してくれるのだから。


そんな、晩夏の一日が、フーラと僕の間を通り過ぎていきました。



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