3月15日火曜日、僕はインフルエンザBを発症し、その夜からずっとベッドで唸っていました。
そして、ようやく起き上がれるようになった昨日19日、とても悲しい出来事に遭遇しました。

同じマンションに住む、すでにリタイヤされた70歳過ぎの老夫婦が飼われている、ロングコートチワワのマロン君が、急に虹の橋へ行ってしまったのです。
お休みの日には、お散歩でよくお会いし、フーラの遊び相手になってくれた9歳の男の子でした。
毎朝、ちょうど僕が仕事に出る時間にお散歩に出かけるのが日課で、毎日のように見かけていました。

昨日19日土曜日の朝、まだふらつく体でフーラを抱いて、敷地内のゴミ置き場に新聞を束ねて捨てに行った僕の前に、ふいにおじさんが現れました。
僕は、「あ、やべえ。俺、マスクしてねーや」と思い、「おはようございます!」と言ってエントランスに新聞を取りに、さっと通り過ぎようとしたのです。
その時、「マロンが死んじゃった、、、。」と、おじさんがぼそっと僕に言いました。
聞けば、18日金曜日の朝9時半に息を引き取ったと言うのです。
木曜の朝までは普通に散歩にも行き、ご飯も元気に食べていたそうです。
たしか、16日水曜の朝、インフルの39度近い熱でフラフラの状態でフーラの散歩に出た時にお会いし、頭を撫でさせてもらいました。
17日木曜日の朝も、フラフラの状態でフーラの散歩にエントランスから出た際、入れ違いで自転車置き場のオートロック扉から入ってくるマロンを見ました。
おじさんは、心臓に病気があり薬を飲んでいた子なので、木曜の午後に食欲がなくなり、咳き込んでいたけれど、明日病院に連れていけば大丈夫だろうと思っていたそうです。
ところが、その咳が大変な事態で、翌朝、金曜の8時半に病院でレントゲンを撮った時には肺が真っ白で、「肺水腫」との診断が出て「もってあと1日」と宣告されたそうです。
応急措置をしてもらい、家に連れて帰ろうとした矢先、午前9時半に病院から出ることなく、たった1時間で息を引き取ってしまったというのです。
すごい格好で寝るフーラ

「マロンが死んじゃった。」と言われて、初めて僕は立ち止まり、おじさんの顔を見ました。
白髪の70歳を過ぎた元銀行員のおじさんが、目から涙を、鼻から鼻水を流していました。
「ああ、、、この人、昨日の朝9時半から、いままで、ずっと泣いてたんだ。」
気づいた瞬間、もういけません。
僕の涙腺も緩んでしまい、エントランスで老人と中年の男が二人で手を握り、わんわん泣いてしまいました。
知らない人が見たら、さぞかし不気味な光景だったと思います。

「これから、マロンと毎日歩いた散歩コースを、一人で歩いてきます。」
「そうなんですね。行ってらっしゃい。」
おじさんとマロンの、いつものお散歩時間だったんです。
おじさんは、小雨がそぼ降る土曜日の朝、傘をさして一人で出ていきました。
僕はおじさんの背中に、自分でもアホじゃないかと思うくらい大きな声で叫びました。
まるでひいきの歌舞伎役者にでも、かけ声をおくるかのように。
「行ってらっしゃいっー!!」
右手に傘を差し、左手でまぶたをぬぐいながら歩くおじさんの後ろ姿が
いつもの角を曲がる時
おじさんの傍らに寄り添うマロンの姿が、僕には確かに見えた。

今朝、僕はマロンにお花を届けに行きました。
おじさんは、区営テニスコートの管理事務所のバイトに出かけておられ、ご不在でした。
僕は、かえってホッとしました。
おばさんは、あんなに泣いたおじさんを、お二人の生涯の中で、昨日初めて見たそうです。
「もう、75歳と73歳だから、次の子を迎えるのは厳しいよね。最後まで責任を持てるかわからないものね。」
そう言って、おばさんは微笑みました。
多摩川の河川敷に、早咲きの桜が咲いています。
マロンは、今年の桜を見ただろうか?
この桜を、おじさんとマロンがいつものように並んで歩き、一緒に見あげていたらいいなと、僕は心の底から願いました。

河原で雑誌の撮影が行われた際、通りがかりに出演依頼された在りし日のマロン
ロングコートチワワ マロン、享年9歳3か月。
いつもフーラと遊んでくれて、ありがとう。
おじさんと君の愛が、永遠でありますように、、、

そして、ようやく起き上がれるようになった昨日19日、とても悲しい出来事に遭遇しました。

同じマンションに住む、すでにリタイヤされた70歳過ぎの老夫婦が飼われている、ロングコートチワワのマロン君が、急に虹の橋へ行ってしまったのです。
お休みの日には、お散歩でよくお会いし、フーラの遊び相手になってくれた9歳の男の子でした。
毎朝、ちょうど僕が仕事に出る時間にお散歩に出かけるのが日課で、毎日のように見かけていました。

昨日19日土曜日の朝、まだふらつく体でフーラを抱いて、敷地内のゴミ置き場に新聞を束ねて捨てに行った僕の前に、ふいにおじさんが現れました。
僕は、「あ、やべえ。俺、マスクしてねーや」と思い、「おはようございます!」と言ってエントランスに新聞を取りに、さっと通り過ぎようとしたのです。
その時、「マロンが死んじゃった、、、。」と、おじさんがぼそっと僕に言いました。
聞けば、18日金曜日の朝9時半に息を引き取ったと言うのです。
木曜の朝までは普通に散歩にも行き、ご飯も元気に食べていたそうです。
たしか、16日水曜の朝、インフルの39度近い熱でフラフラの状態でフーラの散歩に出た時にお会いし、頭を撫でさせてもらいました。
17日木曜日の朝も、フラフラの状態でフーラの散歩にエントランスから出た際、入れ違いで自転車置き場のオートロック扉から入ってくるマロンを見ました。
おじさんは、心臓に病気があり薬を飲んでいた子なので、木曜の午後に食欲がなくなり、咳き込んでいたけれど、明日病院に連れていけば大丈夫だろうと思っていたそうです。
ところが、その咳が大変な事態で、翌朝、金曜の8時半に病院でレントゲンを撮った時には肺が真っ白で、「肺水腫」との診断が出て「もってあと1日」と宣告されたそうです。
応急措置をしてもらい、家に連れて帰ろうとした矢先、午前9時半に病院から出ることなく、たった1時間で息を引き取ってしまったというのです。
すごい格好で寝るフーラ

「マロンが死んじゃった。」と言われて、初めて僕は立ち止まり、おじさんの顔を見ました。
白髪の70歳を過ぎた元銀行員のおじさんが、目から涙を、鼻から鼻水を流していました。
「ああ、、、この人、昨日の朝9時半から、いままで、ずっと泣いてたんだ。」
気づいた瞬間、もういけません。
僕の涙腺も緩んでしまい、エントランスで老人と中年の男が二人で手を握り、わんわん泣いてしまいました。
知らない人が見たら、さぞかし不気味な光景だったと思います。

「これから、マロンと毎日歩いた散歩コースを、一人で歩いてきます。」
「そうなんですね。行ってらっしゃい。」
おじさんとマロンの、いつものお散歩時間だったんです。
おじさんは、小雨がそぼ降る土曜日の朝、傘をさして一人で出ていきました。
僕はおじさんの背中に、自分でもアホじゃないかと思うくらい大きな声で叫びました。
まるでひいきの歌舞伎役者にでも、かけ声をおくるかのように。
「行ってらっしゃいっー!!」
右手に傘を差し、左手でまぶたをぬぐいながら歩くおじさんの後ろ姿が
いつもの角を曲がる時
おじさんの傍らに寄り添うマロンの姿が、僕には確かに見えた。

今朝、僕はマロンにお花を届けに行きました。
おじさんは、区営テニスコートの管理事務所のバイトに出かけておられ、ご不在でした。
僕は、かえってホッとしました。
おばさんは、あんなに泣いたおじさんを、お二人の生涯の中で、昨日初めて見たそうです。
「もう、75歳と73歳だから、次の子を迎えるのは厳しいよね。最後まで責任を持てるかわからないものね。」
そう言って、おばさんは微笑みました。
多摩川の河川敷に、早咲きの桜が咲いています。
マロンは、今年の桜を見ただろうか?
この桜を、おじさんとマロンがいつものように並んで歩き、一緒に見あげていたらいいなと、僕は心の底から願いました。

河原で雑誌の撮影が行われた際、通りがかりに出演依頼された在りし日のマロン
ロングコートチワワ マロン、享年9歳3か月。
いつもフーラと遊んでくれて、ありがとう。
おじさんと君の愛が、永遠でありますように、、、
