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最近、SNSを見ながら
ふと思うことがある。
何かを知りたくて
開いたわけでもないのに
なんとなく見て
なんとなくスクロールして
誰かの考えや
誰かの暮らし
誰かの仕事
「知っておいたほうがいいこと」が
どんどん自分の中に入ってくる。
私自身
SNSを
自分自身の記録と
発信にも
使っているから…
1日に何回も開くのだけど
正直…
漠然と
時間使っちゃったなぁ…とか
情報が入りすぎて
頭の中がいっぱいに
なっていることもある。
受け取る側でもあり
発信する側でもある。
誰かのきっかけになればいい。
何かに気づくきっかけになればいい。
そんなふうに思って
発信してきた。
実際
SNSだから
出会えた人もいるし
「あの投稿を読んで」
と言ってもらえたことも
たくさんある。
だから
SNSが良いとか悪いとか
そういう話ではない。
ただ最近
どれだけ有益な情報でも
どれだけ大切な言葉でも
受け取る準備を
していないときには
ただ流れていく情報のひとつになる。
むしろ
人の時間やエネルギーを
奪うものになることだってある。
ゆとりを発信したいのに…。
そんな違和感が
最近、少しある。
写真にする。
言葉にする。
わかりやすくする。
目に留まるようにする。
届けるためには
必要なことなんだけど
実際に人と会って
話を聴いて
一緒に考えて
迷ったり、笑ったり。
その中で生まれているものは
そんなに簡単に
切り取れるものじゃない。
たくさんの人に
なんとなく届くことより
「今、これを受け取りたい」
と自分で選んでくれた人に
その人が差し出してくれた
時間やエネルギー以上のものを
返せるような届け方をしたい。
どんな状態の人に
どんな状態で
自分の言葉を渡したいのか。
そこを大切にしてみたい。
考えてみたら
これってまさに
私が産後ケアで大切にしてきたことと
同じです。
たくさん与えることが
支援なんじゃない。
その人を見て
今、その人に必要なものを
必要な分だけ渡す。
休むことも。
知ることも。
誰かに頼ることも。
自分で選べる余白をつくる。
「ゆとり」って
時間的な余裕だけじゃなくて
自分に必要なものを
自分で選べる余白。
そう考えると
人の時間やエネルギーを
どう受け取るのか。
自分の言葉を
どんな状態で渡すのか。
そこにもきっと
「ゆとり」があるんだろうなぁ。
最近
そんなことを考えています。
時代の流れにのりつつ…
ニーズに応えつつ…
「ゆとり的発信法」を
見つけていきたいなぁ…♡

