助産院開業の*新時代* ふくろう助産院/産前産後ケアハウスゆとり経営

助産院開業の*新時代* ふくろう助産院/産前産後ケアハウスゆとり経営

5児の母 開業10年目 愛知・長久手市  子育ての経験こそ助産師の深みに
ー助産師らしく働き続けたい人へー 助産師キャリア×暮らしを再構築

【まんま助産師ラボ】
大切にしたいことを大切にしたまんま
自分の歩幅で、自然体のまんま 得意を活かして、ありのまま

あのね、わたしほんとうは
どうしたいんだっけ?

日々の暮らしは
毎日の選択の「今」の積み重ね

母ちゃんとしても
助産師としても

自分の人生の道のりは自分が歩く
えらぶ、きめる、なっとく
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*
最近、SNSを見ながら
ふと思うことがある。

何かを知りたくて
開いたわけでもないのに

なんとなく見て
なんとなくスクロールして

誰かの考えや
誰かの暮らし
誰かの仕事
「知っておいたほうがいいこと」が

どんどん自分の中に入ってくる。

私自身

SNSを
自分自身の記録と

発信にも
使っているから…

1日に何回も開くのだけど

正直…
漠然と
時間使っちゃったなぁ…とか

情報が入りすぎて
頭の中がいっぱいに
なっていることもある。

受け取る側でもあり
発信する側でもある。

誰かのきっかけになればいい。
何かに気づくきっかけになればいい。

そんなふうに思って
発信してきた。

実際
SNSだから
出会えた人もいるし

「あの投稿を読んで」
と言ってもらえたことも
たくさんある。

だから
SNSが良いとか悪いとか
そういう話ではない。

ただ最近

どれだけ有益な情報でも
どれだけ大切な言葉でも

受け取る準備を
していないときには
ただ流れていく情報のひとつになる。

むしろ
人の時間やエネルギーを
奪うものになることだってある。

ゆとりを発信したいのに…。

そんな違和感が
最近、少しある。

写真にする。
言葉にする。
わかりやすくする。
目に留まるようにする。

届けるためには
必要なことなんだけど

実際に人と会って
話を聴いて
一緒に考えて
迷ったり、笑ったり。

その中で生まれているものは
そんなに簡単に
切り取れるものじゃない。

たくさんの人に
なんとなく届くことより

「今、これを受け取りたい」

と自分で選んでくれた人に

その人が差し出してくれた
時間やエネルギー以上のものを
返せるような届け方をしたい。

どんな状態の人に
どんな状態で
自分の言葉を渡したいのか。

そこを大切にしてみたい。
 

考えてみたら

これってまさに
私が産後ケアで大切にしてきたことと
同じです。

たくさん与えることが
支援なんじゃない。

その人を見て

今、その人に必要なものを
必要な分だけ渡す。

休むことも。
知ることも。
誰かに頼ることも。

自分で選べる余白をつくる。

「ゆとり」って
時間的な余裕だけじゃなくて

自分に必要なものを
自分で選べる余白。

そう考えると

人の時間やエネルギーを
どう受け取るのか。

自分の言葉を
どんな状態で渡すのか。

そこにもきっと
「ゆとり」があるんだろうなぁ。

最近
そんなことを考えています。

時代の流れにのりつつ…
ニーズに応えつつ…

「ゆとり的発信法」を
見つけていきたいなぁ…♡
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*
「もっと助産を社会に出していく」

って書いたけど

別に
みんな地域に出よう!
開業しよう!
って言いたいわけじゃない😆

だって
ほとんどの女性は
病院やクリニックで出産する。

だからこそ

病院にいる助産師が
どうあるかって
めちゃくちゃ大事だと思ってる。

お産のときに
どんな言葉をかけるのか。

授乳がうまくいかないときに
何を見るのか。

ママが迷っているときに
答えを渡すのか
一緒に考えるのか

忙しい現場の中で、
その人を「業務の対象」として見るのか
ひとりの女性として見るのか。

ひとつひとつは、
ものすごく小さなことかもしれない。

忙しく
やりたくてもやれない現状も
あるかもしれない。

でも

そこで助産師に言われた一言を
何年経っても覚えている女性って
たくさんいる。

お産の現場で
人生が変わるって人もいる。

病院勤務って
「いつか地域に出るために経験を積む場所」
でもなければ、

「何年働いたから一人前」
になるためだけの場所でもない。

その瞬間から
もう助産は始まってる。

今、目の前にいる女性に
どんな言葉を使うのか。

どんなふうに触れるのか。

何を大切にして、
どうそこに居るのか。

今日のその関わり自体が
もう助産師の存在価値となる。

地域でも、
病院でも、
副業でも、
開業でも。

場所の話をしたいんじゃない。

自分はどんな助産を
目の前の人に届けたいのか。

それを
どこにいても手放さない。

私はそこが
一番大事なんじゃないかなと思ってる。
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*
助産師ランチ会で
かなり考えさせられたこと。

「お産の現場があまりにも悲惨で、
もうここにはいられないと思った」

「自分もそこに加担しているようで、
苦しくなった」

そんな話も出た。

助産師を辞めたいわけじゃない。

むしろ
自分が大切にしたい“助産”があるからこそ
その現場にいられなくなった人もいる。

これって、結構大きなことだと思う。

助産師が大切にしていることと
現場で実際に提供されていることのズレ。

SNSには
妊娠・出産・授乳・産後・育児の情報が
こんなに溢れているのに

現場で母子を見続けてきた
助産師たちの声は
驚くほど見えない。

なんか
いろんなところで
誤作動が起きてる気がする。

/
じゃあ、どうする?
\

「その現場に残り続ける」
だけが助産師じゃなくてもいいと思う。

病院の中でもいい。
地域でもいい。
副業でも、開業でもいい。
発信するだけでもいい。

自分が大切にしたい助産を
自分で言葉にして

小さくても
それを実践できる場所をつくる。

「ここではできない」で
助産そのものまで
手放さなくていい。

私たちが本当に大切にしてきた助産を
もっと外へ出していく。

-------------助産師こそ、孤立しない。

昨日のランチ会でも、
ちょっとしたご縁がつながった。

「あ、それならこの人と話してみたら?」
「こんなことやってる人いるよ」
「一緒にできるかも」

ただ助産師同士で
ランチ食べながら
話していただけなのに
そこから次の一歩が生まれていく。

これ
ママたちと同じなのかもしれない。

ひとりで子育てして
ひとりで悩んで
ひとりで答えを探していると

「私がなんとかしなきゃ」
「ここでやるしかない」
「他に方法がない」

って
どんどん選択肢が見えなくなる。

助産師も同じ。

職場の中だけにいると
そこで行われていることが
助産のすべてのように
感じてしまうことがある。

でも、外に出て
違う場所で助産をしている人と話すと

「そんなやり方もあるんだ」
「それなら私にもできるかも」
「一緒にやれるかも」

って、景色が変わる。

ママたちに
「ひとりで抱えなくていいよ」
と言っている私たちだからこそ

私たちも、
ひとりで抱えなくていい。

助産師同士がつながることは、
ただ仲間をつくることじゃない。

自分が大切にしたい助産を
諦めずにいられるためでもある。

助産師の中には、
まだまだ世の中に出ていない
“助産”がいっぱいある。

それぞれが持っている助産を
持ち寄って、つながって、
必要な人のところへ届けていけたらいい。

助産師ランチ会で
そんなことを感じました☺️