ゆきりん…バンドはファミリー♪♪~② | か・し・わ・げちゃん!!応援スレ♪

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ゆきりんサポートのバンドメンバー。。。パート2です!!


続いては。。。




ヴァイオリンの…“AYASA”さん

名前:ayasa
東京都出身、
13歳よりヴァイオリンを始める。
桐朋学園付属子供のための音楽教室を経て
桐朋女子高等学校音楽科に入学。



第15回日本クラシック音楽コンクール中学生の部全国大会入選
第19回同コンクール高校生の部全国大会第
4位(1位2位無し)
世界クラシックシニアの部 銅メダル
東京サミット音楽コンクール 銀賞(最高位)
その他コンクールにて入選多数回。

また、16歳…高校2年生の時に、サントリー天然水(南アルプス、奥大山)のイメージキャラクターとしてCM出演をしています。


ブログもやっていて、ブログ名の「Sword of the Far East」とは、ヴァイオリンの弓を剣に見立てて「遥か東方の小さな島国に潜む剣」と言う意味なんだそうで、日本から世界へ向けて色々なメッセージを送れればと言うことで付けた名前見たいです。

アメブロ正式名称
Sword of the Far Eastオフィシャルブログ「Words of the Far East」Powered by Ameba

ストリートライブも行っているみたいで、現在も?新宿駅南口で行っているみたいですね♪♪



ゆきりんと、、同い年の22歳に今日なったんですね♪♪
ゆきりんと仲の良い…友達かな♪♪
ゆきりんも、、あやさちゃんって、、呼んでました~♪♪

自分…ayasa さんのヴァイオリンが入ったことでバンドの音が広がり…素敵な演奏になっていると思います。。。また、ゆきりんの声とヴァイオリンの音が絶妙なハーモニーを生んでるような……。。素人目ですいません♪♪


そして…最後は。。。



ギター&バンドマスターの…松ヶ下啓之さん♪

松ヶ下さんの事は、デビュー当時ユニットを組んでいた『ブルームオブユース』のことからに、、なるのかな!


Bluem of Youth(ブルームオブユース)はボーカルの別所悠二と、ギターの松ヶ下宏之からなる日本の音楽ユニット。2人ともに広島県立広島観音高等学校卒業。

別所悠二(べっしょ ゆうじ)ボーカル、ギター、作詞。1973年9月22日生まれとバンドを組んでいたのが……

松ヶ下宏之(まつがした ひろゆき)さん…ギター、 ピアノ、作曲。1973年12月13日生まれ。広島県広島市出身。



ブルーム活動休止後は HAPPY DRUG STOREや千綿ヒデノリ、広沢タダシ等のサポートメンバーとして参加しながら、自らもソロアーティストとして活動中。また、2009年中川翔子コンサートツアー及び2012,2013年柏木由紀コンサートのバンドマスターをつとめる。趣味は釣り。最近はNapsaQのメンバーとしても活躍してい る。

1992年に上京しユニット結成。 1995年10月10日、シングル『最後の願い』でデビュー。 1999年に日本テレビのバラエティ番組「雷波少年」の企画に参加し日本武道館ライブを果たす。またこの企画で生まれた曲『ラストツアー~約束の場所へ~』がヒット(オリコン初登場2 位)。2002年末をもってBluem of Youthとしての活動を無期限休止。 2005年10月、デビュー10周年を記念して、東京(10月4日)、広島(10月9日)、大阪(10月10日)において3日間限定復活ライブを行った。 2008年12月31日 広島でのカウントダウンライブを皮切りに、Bluem of Youthとして活動再開。

ふたりが初めて出会ったのは広島の中学時代。当時はふたりとも悪ガキだったらしい。すでにその頃から他の仲間も含めて別々のバンド活動をはじめていた。ふたりとも別の高校へ行きいったんは別れる。その後松ヶ下は東京の大学へ通うために上京。一方あてもなく上京した別所が何気なく松ヶ下のもとを訪ねたことから再会、ユニットを組む運びとなる。ライブハウスなどでアマチュアバンド活動を経験後、1995年10月10日にシングル『最後の願い』でデビューする。その後、8枚のシングルと2枚のアルバムを出したが、曲が ヒットせずに8枚目のシングル「声」を最後に1998年12月当時のレコード会社(現 EPIC Records)との契約を打ち切られてしまう。

ちなみにブレイク前の1997年8月25日に 『HEY!HEY!HEY!』に、1999年2月21日に『MUSIC HAMMER』に出演している。後者は「声」が『MUSIC HAMMER』のリクエストランキングで1位を獲得したことを記念しての出演だった。

1998年NHK BS-2での150分に及ぶBOØWY特集番組『BOØWY ANTHOLOGY』において 「MEMORY」を演奏する(別所は学生時代サッカー部に在籍。朝練の時、部員から「凄ぇ、良いアルバムあるから、聴いてみな!」とBOØWYの5枚目のアルバム『BEAT EMOTION』を借りて聴いてみた。その後、BOØWYのファンになったらし い)。

この頃、音楽活動の一方で地方UHF局の音楽番組の司会もこなしていたが、『電波少年』の番組参加で降板する。

そんな折り、1999年3月、日本テレビのバラエティー番組『雷波少年』の崖っぷちバンド企画「雷波少年系ラストツアー」によって急遽モスクワへ行くことになる(雷波少年の送り込んだショッカーによって連行される形だった)。その企画内容は、ロシアの大動脈である シベリア鉄道横断の旅だった。シベリア鉄道(モスクワ~ウラジオストック)の各駅を旅しながら(生活費や旅費はストリートライブなどで稼ぎながら)運命の一曲を作り上げ、その一曲で日本武道館ライブ(入場料は1000円)を行うというものだった。もしこのライブで観客を1万人以上集められなかった場合は、ユニットを解散し音楽以外の業界へ就職しなければならないという厳しい条件付きだった。このおよそ半年間の旅を経て誕生した曲が「ラストツアー~約束の場所 へ~」である。アムール川のほとりで山篭りをしての完成だった。この曲を日本に持ち帰り、1999年10月4日、日本武道館ライブを行った結果、1万人をはるかにしのぐ(当初は1回だけだったが入りきれなかった客のために2回行われた)2万人近くもの観客を動員することに成功し(番組によると実際には約3万人が来場したという。)、見事再出発を果たす。ちなみにこのライブでは、先の室井滋をはじめ、Something ELseやサンプラザ中野とパッパラー河合(ともに爆風スラン プ)、伊集院光など多くの有名人のほか、当番組のもう一つの企画であった『熱狂的新巨人ファン99vs阪神ファン』において二人の所属する事務所『大川興業』の大川豊総裁と、熱狂的巨人ファン(顔に『ジャビット君』のお面をつけて)&松井秀喜と命名したウサギとともに駆け付けた。2ヵ月後にSony RecordsよりCD発売された『 ラストツアー~約束の場所へ~』はオリコン初登場2位となり50万枚のヒットを記録する。2000年には、この旅の間に作られた楽曲を収めたアルバ ム『СПАСИБО』が発売された。また、雷波少年系ラストシリーズの前挑戦者のSomething ELse同様企画内で制作された運命の1曲の候補曲 『Stairway』が企画終了後改めて日本テレビの番組タイアップ付きでシングル化された。

その後さらに数枚のシングル、アルバムをリリースするが、2002年12月28日に中野サンプラザで 行われたライブで無期限の活動休止を宣言する。そして3日後の大晦日に故郷広島で行われたカウントダウンライブをもって、活動休止状態へと入る。それ以降、別所は別所ユージ名義でソロアーティストとして活躍。松ヶ下はソロアーティストとして活動するかたわら楽曲提供やサウンドプロデューサーとして活躍している。2005年10月にはデビュー10周年を記念して、東京、広島、大阪の各都市で3日間限りの復活ライブを行った。

2005年10月3日から放送開始された『スポんちゅ』・『大スポんちゅ』( 日本テレビ系)の オープニングBGM(タイトルは「スポんちゅのテーマ」・「大スポんちゅのテーマ」)は松ヶ下が作曲したものである。

松ヶ下さん…苦労してるんですね♪♪
自分…覚えてますよ『電波少年』の企画、毎週は見ていませんが、、あの松ヶ下さんだったんですね!!





こんな素晴らしい…サポートメンバーに、、囲まれて、ゆきりん幸せだなぁー♪

そして…三度目ともなれば、もう、、阿吽の呼吸も掴んでるだろうし……。。

3rd ソロライブ…楽しみだ~♪♪


松ヶ下さん…
今回のゆきりんのセカンドソロのカップリング曲のサウンドプロデュサーもやってくれてますね~♪♪






江口のお父さん…





山口さん…






星村さん…
AYASA さん…





横浜アリーナでの3rdソロライブ……

ゆきりんの事を。。。よろしくお願いします♪♪



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