今日は人間に必要なものについて自分の体験をふまえ話したいと思います
人間に必要なもの…
それは信頼ではないでしょうか?
自分は小学生の頃にいじめを受けてました
当時の私にも十分いじめられる原因があり、彼らだけを責めることは出来ません
いじめというのは自分の自意識過剰かもしれませんが、ゴール前に連れて行かれてたくさんの人に蹴られたり殴られました…
アザも毎日のようにありました
服を脱がされたり、靴に画鋲が入っていました
しかし私にはいつも助けてくれる親友がいました
彼はピンチの時に助けてくれる…まさにヒーローでした
そんな彼を私は信頼していました…私だけは…
ある日事件が起きました
その日私は信頼していた彼に呼び出され、近所の公園に来てました…
しばらくして彼が現れました
いつもと雰囲気が全く違う彼が現れました
彼は私に近づきいきなり腹部を蹴りあげました
当時彼はサッカーをしていたので相当な威力でした
彼は蹴り続け、こう言いました
「バカか…いつまでも助けてもらってるんじゃねえよ…信頼してんじゃねえよ
…うぜえんだよぉぉぉ
」と言って蹴られました彼はしばらく殴ったあといきなり「後は任せる…」と言いました
私はものすごく嫌な予感がしました
予感は的中しました
いつの間にか私のまわりにはいつも私をいじめるグループがいました
私は朦朧とする意識の中で悟りました…
《裏切られたんだ…信頼してたのに…もう誰も信じない…信じたら裏切られるだけなんだ》
私はそのまま意識を失いました
これが私が人間恐怖症になった始まりでした…
私はその後しばらく不登校になりました
しかし親にいじめられてことも言えませんでした…
私の親は私をいじめるグループの親と仲良かったので言えませんでした
しばらくしてある少女が家にきました
少女は私にプリントを届けるついでに私に学校にくるように言いました
帰る際、彼女はこう言いました「大丈夫…あたしが守ってあげる」
私はその言葉を聞いて嬉しかったです
しかし同時に信じたくても、信じられませんでした
その時私は極端に人を信じることに臆病になってました
《人は裏切る…怖い…》
そういう概念が私の中を渦巻いてました
私はその気持ちがありながら、学校に行きました
その後の私は悲惨でした…
いじめるグループには関わることを少なくし、帰りは逃げるように帰りました
そんな日々を私は送りました
中学に入ってもあまり変わりませんでした…
いつの間にか私はいじめに慣れていました
人との関わりを極端に避け、出来るだけ暗い雰囲気を演出し、仲良くする人もそこまでクラスの中心人物ではない人と関わり、決して明るみに出ないようにしました
それはそれで楽しかったんですけど、いつも何かかけていました…
そして私は高校に入りました
私はあるきっかけで人を信じようと思いました
そのきっかけと省いた部分は後日公開します
すいません
思い出すのが怖いんです
いじめはここに書ききれません
最後に私は人生の中で見えないけど大切なものは、相手を信じることだと思います
信じることは裏切られることと表裏一体です
しかし信じることは信じないことよりも幸福です
私は体験しました
誰も信じない人生は無です
楽しくても、何かかけています
それは辛いものです
信じることはたった少しの勇気で出来ます
今誰も信じられない人へ
少しずつ誰かを信じましょう
それは難しいことと言うのはわかります
しかし信じることで貴方の人生はもっと素晴らしいものになります
自分はそう思います
すぐ他人を裏切ってしまう貴方へ
本当に裏切っていいんですか?
裏切る行為はいつか貴方の下へかえって来ますよ
私は今からでも裏切る行為を止めるべきだと思います
もし貴方が裏切られたらどう思いますか?
苦しく悲しいですよ
今からでも裏切らないであげて下さい
最後に私は人生で大切なものは信頼できる人がいることだと思います
私は信頼される人になりたいです
そして私も本当に信頼できる人を探します
貴方に信頼できる人が出来て、幸福が舞い降りることをお祈りします Fin




