うちの母は20代後半からホステスになり、30半ばでクラブのママになった。それまで 赤坂だか銀座だかの「姫」というところに勤めていた。(2件かけもちらしいけど)それゆえか、異様にプライドが高いというか、すんごい頑固。仕事の鬼。母という面影はまったくない。水商売を30年近く続けて、お客さんも選んで、今の自分の店のスタイルを築いたらしいのですが、こういう仕事も、すごい大変だなと思うことがいっぱいありました。
娘から見てね。やっぱり、どんな仕事も、経営者ともなればほんと大変だ。そのグチを家に帰ってきても言わず、うちらには「天然のおばさん」としか見えてなかった。
が いざとなるとすごい知識があって、何度助けてもらったか。今、自分より小さくなってるお母さんの背中を見るとよく思う。
マンモスキャバレー ミカド(今は社名を変えてグループは存在しているみたいですが)のホステスの裏話や、いろんな裏話をしてくれ、最後私には「そんな苦労はさせたくないから、水商売には、うちで働かない限りはやるな」と言われていました。
そんなん言われて、1度目の結婚のときに、当時の夫が「車狂い」で借金がすごく、働かざるおえなくなり、小さなパブで働きました。(20歳のときに)お母さんはもちろん反対。
でもそこのママさんがとてもいい人で、結局私は「ママになってみないか」という話がくるまでになり、それと同時に「離婚してうちの舎弟と結婚しては」というお話ももらい。
速攻 拒否。
や○ざの世界と、つながってるお店でして、ママの恋人は、若頭さんだったのです、そしてその舎弟さんも、その店の裏でBARを経営してた方で、なんか帰り送ってくれたり、ご飯にいこうと言ってくれたり、すごくいい人だったのですが、私はそういう世界には入りたくなく、お母さんは泣くだろうと思ったし、丁寧に断って、その半年後夫とも離婚して、一人暮らししました。それからですね、もう水商売の世界はやめようと思ったの。働いていた間、うちの母と店のママはこまめに連絡を取って仲良しだったのも確かです。w
現在、素敵な夫にめぐり会い、のほほんと暮らしていますが、そんなこともあったなと、思い出すと、今がとても幸せで、夫を大事にしようという気持ちがわいてきます。
そんな、若いころもありました。