時として、誰しもが嘲笑うような実効性のない戯言であっても、思想上の重要性を説くために真顔で論じねばならない場合もある。例えば死刑反対、例えば平和主義。家族が目の前で陵辱殺害されても「人権は大切だから死刑には反対だ」と言えるなら、他国が侵略してきても笑顔で戦車に轢き殺されましょうと言えるのなら、いくら実効性のない妄想であったとしても、思想としては成立しうる。その次に、実現し得ない政治思想に意味があるのかという点が問題になるとしても。
 ところが戦後一貫して真顔で戯言を言い続けている者がある。しかも当人はいくら批判されようとも、現実的で理性的な意見であることを疑ってはいないらしいというから驚かされる。他ならぬ朝日伝聞の社説である。


 五月一六日付「ウズベク騒乱 強権政治が招いた流血」という題の社説 は、他紙に掲載されていたなら面白くも何ともない、ありきたりの社説である。曰く、ウズベクスタンは独裁・強権政治であり、イスラム主義勢力を弾圧してきた、テロとの戦いだと政府側は言うが、それは反政府勢力にレッテルを貼っているだけの可能性もある、強権的な政治が不満を生み、それがイスラム主義過激派と連動して反政府行為につながっているのではないか、日本は経済支援だけではなく民主主義の促進にも力を入れるべきだ、と。
 この際、民主主義批判は措こう。近代国家の枠組みを是とするなら、それが縦えイスラムとは相反するという問題があるにせよ、ウズベクスタンの独裁を掣肘せよ、民主化を促せと言うのはわかる。だが、それなら日本の隣にもっと独裁で、もっと強権的で、もっと民主化の必要な国があるんじゃないですかい? 朝日さん。
 言うまでもなく支那は共産党の一党独裁国家である。民主的な選挙どころの騒ぎではない。言論の自由も集会の自由もない。それどころか、ウイグルの独立派をテロリスト視し、チベットに至っては民族浄化紛いのことまでやらかしている。更には今日でも軍拡を続け、領土問題では膨張主義的な態度を取り、民主的な選挙で元首を選んだ台湾を“制裁”する為の法律まで最近作った。そんな支那に、朝日はなぜ民主化を説かないのか。
 言うまでもなく金王朝は金日成・正日親子の私物国家である。民主的な選挙どころの騒ぎではない。言論の自由も集会の自由も罪刑法定主義も生存権もない。それどころか、他国民を拉致して工作員の教育係とする。在日の家族を人質に取り、「これだけ積まないと祖国にいる親戚は収容所送りになる」などと恫喝する。更には核不拡散条約を脱退し、核恫喝を最近始めた。そんな金王朝に、朝日はなぜ民主化を説かないのか。
 ウズベクスタンについては「経済支援もいいが、民主化の進展を促すことにもっと力を注ぐ必要がある。」などと言っておきながら、その何倍も経済支援している支那や、その何倍も民主化の必要な金王朝については見て見ぬふりである。ダライラマの来日に反対し、李登輝の来日に反対する支那を、朝日は今まで何と言って擁護してきたか。あるいはその不正に目をつむってきたか。それともまさか、黄色んぼの、しかもチャンコロやヨボどもに民主主義は無理だから、奴らの治世がいくらダメでも大目に見ているのだとでも言う気だろうか。


 朝日よ。朝日の背後にいる左翼諸氏よ。金氏朝鮮の崩壊を心から望んでいるのは、北朝鮮の人民と、金親子に家族や縁者を殺された者だけだよ。拉致被害者家族は、拉致被害者が帰ってくるのが第一目的であり、その為には金氏朝鮮の崩壊が必要だと二次的に言っているに過ぎない。難民が流入し少数民族問題が悪化しそうな支那も、最貧国・前近代国家と統一しなければならない韓国も、独立祝賀金を包まねばならないであろう(そして在日が親類を呼び寄せるであろう)我が日本も、内心では金氏朝鮮の崩壊など望んでいないのだ。それが資本主義の悪意であり、近代国家の悪意である。だから現実を直視せざるを得ない政治家(それもより多くの損害を被るであろう韓国の政治家)は、あれほどの気狂い国家でも許容あるいは支援しなければならないのだろう。糞の入った水風船が地面に落ちている、見苦しいし臭くて迷惑だが、下手に動かすと破裂して糞が飛び散ってなお迷惑だ。だったら放置するのもひとつの手ということだ。
 いくら朝鮮人が道端で餓死しようと、いくら孤児が泥水すすって腐った野菜屑をかじっていようと、いくら「日本の歌を歌った」というだけで公開銃殺されようと、ミサイルさえ飛んでこなければ我々はまったく痛痒を感じない。苦しむ北朝鮮の人民をテレビで見ながら「日本に生まれて良かったねえ」とビールなど呷るだけだ。不正義を見て見ぬふりをする良心の呵責ぐらいはあるかも知れないがね。その呵責にしたって、明日日本に乞食のような北朝鮮の貧民が何万、何十万と“亡命”してきて、あちこちに難民キャンプを作られかねない事を思えば、全くの些事である。みんな我々の“豊かな暮らし”が大事だから。


 マルクス思想が間違いだったのかは知らぬ。が、何処をどう捻れば、金正日政権が、共産主義あるいは社会主義の立場から許容できるというのか。反米・反帝国主義とは掛け声だけで、その実は資本主義以前の独裁暴虐苛政そのものではないか。マルクスは家政婦を孕ませたから悦ばせ組のある金氏朝鮮を讃えるとでも言うのか。木を伐採した者を重罰に処す法律に怒ったマルクスが、パンダの密猟やポルノの売買を死刑に処す支那を許すと思うのか。金のために人権を蔑ろにする社会と、思想のために人権を蔑ろにする親鮮派がどう違うというのだ。どちらも苦しむのは国民、それも弱者である。
 共産主義が正しいと思うなら、いや、思うからこそ、縦え「実効性に欠く戯言」であっても、金氏朝鮮や支那共産党の打倒や早期崩壊を訴えるべきではないか。「革命成就のために、今虐げられている彼の国民には涙を呑んでもらうのだ」と言い張るなら、それ以上のツッコミは忍びないから止めておくが。


〔注〕最近じゃ「マルクスの妻が家を空けていた時期と家政婦が孕んだ時期は違う」ということを言っている人もいるみたいだが、妻が家にいても浮気はできるわな。まあこれ(私生児)が仮に反共プロパガンダだったとしても、「マルクスは『悦ばせ組』を讃えるのか」という疑問への回答にならないことは記すまでもない。