毎日、普通に目覚めて
明日も今日と同じ普通の日常があると思って
眠りにつけることがいかに幸せか
教わったような気がします。

毎日は奇跡の連続。

今日生きたことの素晴らしさ
彼らの無邪気な笑顔に
「生きる」ことが
それ、そのものが
奇跡なのだと教えられました。

人間は、不平不満の心を持ったり
誰かに腹を立てる日もあります。
人間ですから。

でも、そんな日でも
そんな気持ちであっても
今日、今、この瞬間を生きていることに
この瞬間、ここに存在していることに
気づくと
感謝せずにはいられないもの
だと私は思う。

誰かを愛し、喜び、笑いあって
誰かを傷つけ、怒り、責めてしまっても
この日一日が、
今、この瞬間が
奇跡そのものだということに
少しでもたくさんの人に
思い出してもらいたい。

私自身が忘れてしまっていたことです。

普通に暮らしていると
つい、忘れてしまいがち。

どんなえらい人も
どんな素晴らしい人も
つい、つい、つい、
「素晴らしい人」になろうとした瞬間
忘れてしまうこと。

今、今、今
あなた、わたし、あの人、あのこ
みんな、生きている。

ただ、それだけ。

居てくれて、ありがとう。
生きていてくれて、ありがとう。
出会えたことに感謝します。

今日、この瞬間
そこで、呼吸をしていることに感謝します。



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9月20日、大切な友人の旦那様が亡くなりました。
全国ニュースにもなっていた、事故死でした。

彼女たち夫婦には小さなお子さんが2人と
お腹の中に、出産間近の3人目のお子さんがいました。
お腹の子は、彼が亡くなって7日後に無事生まれてきたそうです。

私たち、友人一同は、このニュースを
偶然誰も見ておらず
知らせを受けたのが、先週末の土曜日の夜中。
そして、四十九日の前にと
翌日大急ぎで、県外に住む友人宅を訪れました。

彼女が、気丈に振る舞う姿も
子どもたちの無邪気な笑顔も切ないばかりで、
そこに祭壇があるのに
何事もなかったかのようにテレビゲームをして
一緒に遊ぶことしかできなかった。

私はヒーラーとして
魂の目的とか、いのちのこととか、
生きていること、死ぬとどうなるかとか
勉強してきましたが
こうやって、身近な人が亡くなると
しかも、若くして、子どもが生まれる直前に
小さな子どもたちと最愛の妻を残して
亡くなるという現実を目にすると
「カルマ」とか「魂の目的を果たした」とか
そんな簡単に割り切れません。

人間ですから。

光の世界で、課題を与え合って
約束して生まれてきたのかもしれませんが
現実世界にいると、
そんな風に受け入れたくない時もあります。

人間ですから。

ただ、全ての瞬間を大切に
当たり前と思わずに
奢らずに、えらぶらずに
傲慢にならずに
謙虚に、謙虚に、生きたいと
感謝を忘れずに生きていきたいと
思いました。