小次郎 フルコンタクト空手 小学生 チャンピオンへの道

小次郎 フルコンタクト空手 小学生 チャンピオンへの道

フルコンタクト空手で日本一を目指す小学生の物語


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今年最後の減量で出場大会が終わり、
去年の9月から目標を定めた軽量級への転向と、
東北軽量級制覇の夢を一先ず叶えることが出来た。

辛く厳しい道のりだったが、今後の人生で何かプラスに働けば親としては何より。

昨日奥さんが職場で面白い話を聞いてきた。
保育士でもある奥さんは、
元小学校の校長を勤めた園長先生に、

「過去の教育論において子供の我慢強さとは、
2つの項目でしか養えないとされてました。

1つは寒さに、もう1つは空腹に耐える。

しかしどちらも現代社会では、虐待ギリギリに値する行為として、親がしつけにその2つを取り入れるのは難しいとされていますが、実のところは時代が変わろうとその2つが重要なんです」

園長先生は息子の減量の事なんか知らないで話したみたいだけど、奥さんは成る程と思いながら聞いたみたい。

勿論今の時代、わざわざそれを故意にしつけとしてして取り入れている家庭なんかないだろうし、
わたし達の時代でも、
子供の頃真冬に一人で帰ってきて、ストーブ着けようとしたらそもそも灯油が切れてたから、親が帰るまで厚着をして待つとかね、
腹減ったからって言えば何でも直ぐ用意してくれるなんて事も無かったんで、
それは必然的に養えたものでもあり、
この物が豊富な時代と子供主体の環境であれば尚更、昨今ではなかなか考えもつかないしつけ方法だ。

確かに昔は悪い事したら罰として、
飯抜きか、外に放り出されるってのも定番だったから頷ける。
ただ上記の話どちらも共通してるのは、
子供なりに考えるってとこだよね。
知恵を絞ってどうしたらその状況を打開出来るかをよく考えたもんだ。

それに加えてこんな話も。
有名な江戸幕府の将軍徳川家康公、
家康(幼少名、竹千代)は幼少期人質として育てられたんだけど、
下剋上(家臣が謀反を起こし主君を潰す)の時代だから、大人になった時無駄に統率力や野心を持たせないために敢えて、
人質にも関わらず何不自由無く生活させたんだと。
欲しいものは全て与え、
要求もしてないのに先回りして与える、
要は過保護に育て、自分じゃ何も出来ないほど馬鹿になるように尽くしたらしい。
家康はそれさえも見抜いて、結局馬鹿なフリをしながら生活してたみたいだけどね。
子供の自主性を潰し、考える力と知恵を奪おうとしたわけだ。

小次郎が赤ちゃんの時、わたしはミルクとオムツ交換と寝かしつけが割りと好きな方で、
いや、大好きで、
泣いたらあげるって感じじゃなく、
それこそ要求される前に先回りして赤ちゃん主体で子育てしていた。
何か息子との闘いみたいに考えて楽しく子育てしようとしたんだろう。
だから小次郎はグずらず常にスヤスヤ眠り、
気分を損ねるって事は無かった記憶がある。
それを、
「どーよ俺の子育て完璧」と言わんばかりにやって来たつもりだったが、
結果息子は空手を始めるまで、意思表示と自主性が乏しく育ってしまった。
言わずとも態度で示せば何でも与えられる、
むしろ示さずとも親が何とかしてくれると、
子供だから仕方ないにしても、
息子の考えて行動する知恵を奪ったのは明白である。


息子の下剋上を恐れたわけじゃない(笑)

それが良いか悪いかは別として、
今までそうして与え満たしてきた息子の欲求を、
10歳の自立心が芽生えるこの時期に、
逆に突き放し、
食欲旺盛な息子から欲求の1つを取り上げてしまった。
とは言えわたしも奥さんも、減量させた事を後悔はしてないが、他に方法があったのでは?と考えなかった日はない。

だってあいつは別に悪い事をしたわけでもないし、
ただ自分でそう決めたのなら全力で親は協力するってスタンスを貫いただけの話。
咎めを受けるとすれば自分で決めた事は最後までやれと、隠れ食いをした時に怒られたのくらいかな。
それも悪い事では決してないのだけどね。

何にせよ、よく頑張った。
子育ての真っ只中にいきなり教育方針を変え、
根っこの部分は変わっていないにせよ息子が戸惑ったのは間違いないが、
少なくとも家族で笑って長い時間食事を摂ることの重要性を、わたし達両親共に幼少時代経験してきた事だから、
半年間出来なかったそれをこれからまた取り戻して、空手以外の話も沢山しようね。

大会後から半年前の普段の食事に戻した小次郎。
朝もしっかり食べ、給食をお代わりし、
夜は肉や魚をガッツリ食べる。
そんでて何故か体重は苦労した32kgよりたったの1kg多い33kgキープ。

もしかしたらやり方が間違っていたのかもしれないけど、
後からこうして、うわーっそうしとけば良かった!って笑って話せるのもまた嬉しいけどな。

沢山食べて、強い体造って、
また1から、今度は重量でも闘える練習をしていこうね。

本当お疲れ様、わたし、奥さん、小次郎。


そしてドリームから東北大会の間、
完全にもやもやした状態で生活していたわたしに、
心強い味方と言うか、
究極のサポーターが降臨した。

その方は今のわたしの現状、
息子に対する思いも汲み取りつつ、
目先の勝利に囚われて焦りを感じてしまう事や、地道な努力繰り返しの大切さ、
息子に空手を始めさせた当初の気持ちを思い出す事など、
自分と重なる部分だからこそのご指摘をしていただき、
今ではなく、最終目標を見直す様教えてくれた。

わたしは小次郎が全日本代表権を獲った日から、
他の代表者達に習って、出る大会出る試合全てに勝利し、全日本へ向かわなければならないのかと焦っていた。
間違いではないのだろうけども、
今やるべき事は勝ちを重ねて自信を付けさせる事よりも、
今まで通りやって来た事をコツコツまた繰り返し、
勝ち負けに拘らず進化の為に一戦一戦目標や課題をこなす事にあった。

なので大会前にして異例の新メニューを導入、
いつもなら直前に新しい事をやるなんて自殺行為なのだが、試合に照準を絞るのはまだ先の段階で、今は何処に大会があろうと関係なく、
それこそ試合って文字通り技の試し合いだからね、試す内容も出来てないのに試合うって話もないだろうって事。
たまたまその途中に大会があったってだけで、
わたしはもう気にしない。

確かにjkjo予選も、権利を獲るつもりなんて更々無かったから、あの頃の小次郎に戻した。

いやぁ奥が深い。

更に重要なヒントも貰った。
ヒントって言うかヒントだと誤解を招くね。
いくらそれを貰ったってやるのは息子だからだけど、日本一になるために必ず知っておかなければならない事。

目から鱗の連続だった。

きっとこのままそれを知らずにやっていたら、
絶対にチャンピオンにはなれなかったと思う。

聞いといて良かったぁ。。。。

日々の努力や練習方法は勿論当然必要なんだけど、そんなんじゃなくてもっと根本的な事。

空手日本一にならせたいと思っている親御さんも沢山いるんだろうけど、
うちの場合、もしこれを早い段階で知る事が出来たとしても、わたしは???だっただろう。

今だからこそ、このタイミングだからこそのヒントだった。

やばい。

だからってそれを聞いたら小次郎が強くなるとかそんなんじゃないけど、心得としてね、かなり貴重な意見をいただきました。
全ては出会いに感謝だ。
ありがとうございます!

そして日本一日本一と言っては来たが実は、
小次郎の本当の夢、
わたしと奥さんの最終目標は、
全日本優勝ではなく、
横浜での大会、


ジャパンカップで優勝する事なのだ。

日本一は勿論手に入れたいけど、
それよりも気持ちとしては遥かに上を行く、横浜での優勝。
我々家族とったら横浜で優勝する事こそが、
何より重要で、何よりの夢。
大会の格としては当然全日本より下がるけど、
それが最終目標である。

小学生でのチャンスは後3回。

恐らくだが、前々から画策していた横浜移住計画。
早ければ小次郎が中学を卒業と同時に神奈川へ、
わたしと息子で一足先に移住しようと目論んでいる。

何故そんなに横浜に拘るかって、
ま、色々あるのさぁ、ないけど(笑)
わたしの両親も長く横浜に住み、
出産を期に岩手への移住など考えやがってよ~


さて、過酷な減量生活もこれで終了。

本当いつも言ってるけど、もし、
2月から始めたこの減量生活が無かったら、
今の小次郎は無いと思うが逆に、
減量さえなければ、
もっと空手の練習が出来ただろうにとも思う。

日々の練習貴重な時間の半分が減量トレーニングで、半分からは空手練習。
やっとこれから解放されて空手だけに集中できるね。
誰もジュニア空手ではこんなの体験させた事ないだろうけどさ、結構きつかったなぁ。。。

ま、いっか!もうおしまい!

小次郎の空手日本一への道、
第2章 ~軽量級への転向と減量~、
これにて終了。

第3章は、~重量級への再チャレンジ~

これでいこう。














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