なにげなく、さりげなく。
そしてほんの少しの強さが欲しい。
愛する人を守れるだけの強さを・・・。
運命(2)
前回「出会いに努力は通用しない」=「運命」という話をした。
そこで今回は、それを実際の恋愛シーンに置き換えて考えてみたい。
こっ恥ずかしいが自分の場合を例にとって説明しよう。僕と前妻の場合、知り合ったのは英語学校である。
・たまたま同じ時期に
・たまたまパースに来てた
・またま同じ学校に入った
少なくともこの3つの条件があったからこそ彼女と出会えたわけで、
意図的にこの条件を揃えるのは不可能である。
逆に言えば、上の3条件のうち一つでもかけたら彼女とは出会えなかった事になる。
・もし彼女がパースに来たのが1年ずれていたら
・もし彼女がパースでなくシドニーに行っていたら
・もし彼女が他の英語学校に入学していたら
それでももちろん他の誰かと出会って恋に落ちたかもしれない。でも彼女に出会う事はなかっただろう。
あなたの場合はどうですか?
今のパートナー(配偶者・恋人)との出会い(好きになるあるいは付き合う過程ではなく、
その人があなたの目に初めて映ったときの事)を思い出してみて欲しい。
その人とはどうやって知り合いましたか?
・もしあのとき○○だったら
・もしあのとき○○してなければ
・もしあのとき○○に行ってなければ
もしかしたら今あなたの横にいるはずの人はいないかもしれない。
もしかしたら他の別の人と恋したかもしれない。
つまり、今パートナーがいる人達にとって、そのパートナーとの出会いはまさに運命だったわけだ。
ただし「出会ったこと」が運命なだけで、付き合ったり結婚したりしたことが
運命なのかどうかまでは知る由もないが・・・。
あなたは運命を信じますか?
運命(1)
あなたは運命を信じますか?
まず最初に取り上げるテーマは「運命」。恋愛シーンにおいてはよく使われる言葉、ある意味常套句である。
「これってもしかして運命の出会い?」(主に女性)とか、「俺達は別れる運命なんだよ」(主に男性)
などとよく言うが、果たしてそうだろうか?
出会った事も別れた事も「運命」という便利な言葉で片付けていいんだろうか?
「運命」という言葉を辞書(三省堂大辞林)で引くと、
-超自然的な力に支配されて人の上に訪れるめぐりあわせ
-天命によって定められた人の運
とある。
ここでのキーワードは「超自然的な力」と「天命」であろう。
この二つはいずれも人知の及ばぬエリアであり、努力や頑張りによってどうこうなるものではないはずだ。
これらの意味を踏まえた上で、まずは出会いについて考えてみたい。
恋愛するには相手が必要だ。一人で恋愛はできない。
という事は自分ひとりがどんなに努力をして頑張ってみたところで、
出会いがなければ何も始まらないということだ。
ということは、恋愛における出会いというステージに努力が通用しない以上、
それはやはり運命と考えて良いのではないだろうか。
To Be Continued
愛のカタチ
ひとくちに「愛」といっても、さまざまな形がある。
好きな人に対する恋愛感情はもちろんのこと、家族愛や友情、
困っている人へ向けられるボランティア的な愛情もあるだろう。
また愛は人にだけ向けられるものではなく、飼っているペットや植物、
さらには景色や好きなプロ野球チームにまで及ぶ。
原新監督が前回就任時に掲げたテーマはまさにこれ「ジャイアンツ愛」であった。
こうやって考えていくと、まず「愛」と言うものを定義するだけで困難を極める。
しかしそんなことでは話が前に進まないので、このブログでは、
なんの断りもない場合、「愛」とは男女間の恋愛を指すこととする。
ではそろそろ本題に入ります。みなさん席についてください。
Love is.....
愛とはなんだろう?
なぜ人は誰かを好きになり、そして愛するのだろう?
このブログではそんな「愛」について考えてみようと思う。
たった今誰か好きな人がいる。
昔好きな人がいた。
これから好きになる人が現れるだろう。
そういったすべての人にこのブログを捧げます。
もちろん、僕自身も含めて・・・。
