私が初めて一生懸命、大相撲を見たのは小学校時代で、まだ家にはテレビは無く、いつもいつも近所のお菓子屋や新聞販売店の店頭のテレビジョンを背伸びをしたり、大人の脚を掻き分けて観ていた。その頃は千代の山、鏡里、吉葉山、栃錦の4横綱時代であった。その後の栃錦、若乃花時代、柏鵬時代は大いに楽しんだ。横綱になれない貴ノ花関の相撲はやや不満ではあった。しかし彼が若・貴の二人の横綱を育てたことは賞賛する。彼は息子たちに「土俵上では最後まであきらめてはいけない」と口癖のように言っていたそうである。「若・貴、わかったか!」