眼下に広がる街並みも、その上に広がる空も、すべてが夕陽色に染まっている。そ
世界中が深紅に染め上げられた。そんな錯覚を起こしそうなほど、鮮やかな夕焼け
「今日は遊んだね~……」
展望台のベンチに腰掛け、足をぶらぶらさせながら、リョウコはしみじみと言った
「でもさ、まさかカズピーがあたしより先に免許取るなんてね~」
カズピーことカズヤは、夕陽を眺めながら、リョウコの隣に、少し離れて座ってい
「でも、いつでも運転できるというわけじゃないんですよ。所詮、休みの日に親の車
縁なしの眼鏡を外し、丁寧にレンズを拭いながら答える。照れ隠しをごまかすため
「でもさ~……」
眼鏡を掛け直し、正面を向くカズヤ。夕陽がレンズに反射し、表情を隠した。リョ
しばし、流れる沈黙。不意に、リョウコは言った。
「カズピー、今日さ……」
「はい?」
「聞こうと思ってたんだけど、今日のドライブって、その……免許取って初めてのド
「?」
「その……前から決めてたの? 今日のあたしとのデートのこと」
カズヤはゆっくりとリョウコに向き直った。照れくささと真剣さの入り交じった、
「当たり前じゃないですか。初めて助手席に乗せるのは、リョウコさんと決めてまし
「……ふ~ん。どうして?」。重ねて問い掛けるリョウコの口調に、いつもの茶化す
「この街で一番、夕陽がきれいに見える場所ですから」
「……そっかそっか」。うんうんと頷く。そして顔を伏せると、リョウコはそっと呟
「……ありがとう。誘ってくれて、嬉しかったよ」
「え? 何か言いました?」
カズヤが聞き返す。リョウコの顔を斜め下からえぐり上げるような角度で覗き込み
「バカ。女の子の顔覗きむなんて、サイテー! ホンット、カズピーってそーゆーと
くるっと身体を回し、カズヤに背中を向ける。ずれた眼鏡を掛け直し、カズヤは戸
「ゴメンなさい。リョウコさん、悪かったです」
「……」。無言の背中は、激怒の象徴だ。
「……その、一番最初に、二人で一緒に来たかった場所なんです。ここは」
「……で?」。声にはまだ、怒りが含まれている。
「リョウコさんだから、誘ったんです。大事な人と……、好きな人と一緒に来たかっ
「……あのさ」
リョウコが肩越しに振り返った。しみじみと呆れきった表情で。
「カズピー。いつもアタシに言ってること、そのまま返していい?」
「はい?」
「よくそんな恥ずかしいこと、真顔で言えるよね……」
「いや、まあ、その……」。言われた瞬間、カズヤの顔が真っ赤になる。「夕陽に照
「でもさ」。リョウコは身体ごとカズヤに向き直った。
「初めて、ちゃんと『好き』って言ってくれたよね」
「あ、その、まあ、だから……」
カズヤはまだ、しどろもどろのままだ。リョウコは思わず吹き出すと、ベンチの上
「カズピー。もう一回、ちゃんと言って」
ぴったりと寄り添い、カズヤの手に自分の手を重ねる。
「も、もういいじゃないですか……。そんな、何度も言うもんじゃないですって……
「ダメ! リョウコさんの命令です! もう1回、ちゃんと言いなさい」
息がかかりそうなほどに顔を近づけ、真正面から見つめあう。しばらくカズヤは口
「好きだよ、リョウコ」。まっすぐ、目を見つめて言う。
「……うん」
リョウコは頷くと、カズヤの背中に軽く腕を回した。胸に額を乗せる。カズヤはリ
しばしの抱擁に、身を委ねる。リョウコはそのまま顔だけを上げると、そっと目を
初めてのキス。
リョウコの腕に力がこもる。抱きしめあう二人を、最後の夕陽が深紅に染め上げた
どれだけの時間が流れただろう。太陽が街の彼方へと完全に沈んだ頃、ようやく二
それからもしばらく、二人は抱き合ったままだった。長いキスの余韻に浸るように
「よし! 帰るか!」
体を離すと、勢いをつけて立ち上がる。そして、後を追うように立ち上がったカズ
「そーいえば、初めてちゃんと『リョウコ』って呼んでくれたよね」
からかうように、少し意地の悪い口調で言う。
「え、あ、その……」
リョウコはクス、と笑うと、しどろもどろになりかけるカズヤの頬に、素早くキス
「いいよ、そのままで。ついでに、もう敬語じゃなくていいでしょ」
「……分かった、リョウコ」
黄昏の薄暗がりの中でも、カズヤの顔が紅潮しているのがはっきりと分かった。そ
「さ、帰ろ」
カズヤの腕を引っ張るようにして歩きだす。ふと思いついて、リョウコはカズヤの
「どうせだったらさ、このままどっかで泊まって行っちゃおっか」
途端にカズヤは足をもつれさせ、派手に地面に転ぶ。
「な、な、な……」
驚きのあまり、口をパクパクさせる。息をすることすら、忘れたようだ。その表情
「あっははははははは、冗談よ~。まさか、そんな、本気にしないでよ~。もう……
腹を抱え、大爆笑する。さすがにカズヤも、憮然とした顔になった。
「置いて帰るよ、もう!」
一人で足早に歩き出す。リョウコは慌ててその後を追いかけた。
「ゴメンって。からかってみたくなっただけだから。ほら、腕組んで一緒に帰るの!
やや強引に腕を取る。
「はいはい」
カズヤは笑いながら腕を絡ませ、空を見上げた。
空は、赤紫から濃紺へと色合いを変えつつある。そこには、既にいくつかの星が瞬
前作熱帯夜 の続編です。お楽しみいただけたら幸いです。