短編継承小説「受け継がれるモノ」 | 春風ヒロの短編小説劇場

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春風ヒロが執筆した短編小説を掲載しています。

 幼女の突拍子のない話は、聞いていて実に面白い。
「ミユちゃんね、大きくなったらウサギさんと友達になるの」
 4歳になったばかりの姪っ子は、いつも、突然そんな話を始める。
「ヘリコプター」を「ヘリポクター」、「金メダル」を「キンデマル」と言ってみたりしたかと思うと、いきなり「おててえほん」ごっこを始めて、「むかしむかし、あるところに、キリンになりたいこんにゃくがいました。だけど、こんにゃくはキリンじゃなくて、まちがえてピアノになっちゃいました」などという、大人では考えつかない斬新なストーリーを聞かせてくれたりするのだから、まったく、一緒にいて飽きることがない。
「へえー、どうしてウサギさんと友達になりたいの?」
「ウサギさんね、ニンジン好きでしょ。だからミユちゃんのニンジン分けたげるの」
「あれ、ミユちゃんはニンジン苦手なの?」
「ううん、大好き。だから分けてあげるの。ウサギさんと一緒にオイシイするの」
「オイシイ」のところで、両手を頭の上に上げ、ピヨピヨと動かす。ああ、なんてかわいいんだろう。この子は天使か。地上に降りた最後の天使なのか。1万ボルトの瞳の持ち主だとでもいうのか。
 まったく、彼女の話を聞いているだけで心が洗われていくような気がする。こんな可愛らしい子とずっと一緒にいられるのなら、普段は「彼氏いらない。恋愛も結婚も面倒くさい」なんて言ってる私でさえ、家庭を持って子供を産みたいと思ってしまうのだ。

 そういえば私も、子供のころには突拍子もないことを尋ねて、大人を困らせていたような気がする。いまでも特に覚えているのは、叔母さんにショッピングモールへ連れて行ってもらったときのやり取りだ。
「ほら、メグちゃんの欲しがってたお菓子、あそこにあるよ」
「あっ、あっちでプリキュアのショーやってる。見に行こうか?」
 叔母さんはいつも、すぐに私の探しているものを見つけて教えてくれる。それが不思議に思ったのだ。
「おばちゃんは、どうしてすぐに見つけられるの?」
「おばちゃんはメグちゃんよりも背が高いから、遠くまで見えるんだよ」
「どれくらい遠くまで見えるの? アフリカ見える?」
「あはは、アフリカは見たことないなあ」
 あの時、叔母はどんな顔をしていたのだろう。
 子供の突拍子のない言葉に困惑していたのだろうか。それとも、遠く=アフリカという無邪気な発想を面白がっていたのだろうか。

 連休を利用して、姉夫婦が実家へ遊びに来た。もちろん、ミユちゃんも連れてきている。
 私は早速、彼女を連れて近所の公園へ遊びに行った。大型の遊具をいくつも取りそろえた本格的な児童公園で、彼女はここで遊ぶのを何より楽しみにしていた。
「あれに登りたい!」
 ミユちゃんが指さしのは、小学校高学年ぐらいにならないと登れないような、かなり大型のジャングルジムだった。
「うーん、あれはミユちゃんが登るのは、まだちょっと難しいと思うよ」
「えー」
「ちょっとだけならいいけど、上まで登るのは危ないよ。ミユちゃんがもう少し大きくなったら登ろうね」
「あの上まで登ったら、アフリカ見えるかなあ?」
 姪の何げないひと言に心底驚かされる。何と言うことだ。遠い場所=アフリカという思考が、姪に遺伝するなんてことがあるんだろうか。私はしげしげとミユちゃんの顔を見る。
「さすがにアフリカは見えないと思うよ」
「残念だなー。あーあ、アフリカ見てみたかったなー」
「どうしてそんなにアフリカが見たいの?」
「ミユちゃん、アフリカのウサギさんが見たいの」
「アフリカにウサギって住んでたかなぁ……」
 アフリカというと、サバンナのシマウマやキリン、ライオン、チーター、ゾウにサイなどのイメージしかない。まあウサギなんて、北極や南極などのごく一部の地域を除けば、世界中にいるような生き物なのだから、アフリカにもいるだろうとは思う。
「おばちゃん、見ててー!」
 目をやると、ミユちゃんは小さなすべり台を滑り降りるところだった。1メートルにも満たない、大人からすれば小さなすべり台だが、彼女にとっては大冒険なのだろうか。そして小さな子供は、どうして「見ててー!」と言うのだろう。大人の気を引きたいのか、見てもらっていることで安心するのか、自分はこんなことができるんだよ、とアピールしたいのか……。おそらく、その全てが「見てて」という言葉に込められているのだろう。
 見ててあげるよ、見ててあげるとも。私でよければ、いつまでだって……。
 小さなすべり台を飽きる様子もなく何度も滑り降りる姪の姿を、私は目を細めて、ずっと見つめていた。

 実家で夕食を済ませ、帰宅した私は「たしかこの中に……」とつぶやきながら、クローゼットの奥にしまい込んであった段ボール箱を引っ張り出した。
 箱の中には、色とりどりの毛糸玉が入っている。一時期、趣味で作っていた編みぐるみの材料だ。白の毛糸玉と、一緒にしまっておいた『初めてでも簡単! 編みぐるみのつくりかた』、手あかでちょっと黒ずんだウサギの編みぐるみも取り出す。このウサギの編みぐるみは、子供の頃、大好きだった叔母さんがプレゼントしてくれた、私の「宝物」だ。
「叔母さんみたいに、うまく作れるかな。ミユちゃん、喜んでくれるかな……」
『編みぐるみのつくりかた』のページを手繰りながら、想像を広げる。
「アフリカのウサちゃんを作ってみたよ。『ミユちゃん、アタシとお友達になって。ニャンニャン♪』」
「えー、ウサギはニャンニャンなんて鳴かないよー」
「じゃあ、『ミユちゃん、アタシとお友達になって、ワンワン♪』」
「ちーがーうー! ワンワン鳴くのは犬ー!」
「じゃあ、ウサギはなんて鳴くの?」
「うーん……うーん……ピョンピョン、かなあ……?」
 そんなやり取りが、今から頭の中に浮かんでくる。私は頬を緩ませながら、毛糸を編み始めた。


本作は某コミュニティサイトで投稿されたお題を元に執筆したものです。

本作のお題は「幼女、うさぎ、毛糸」でした。