NHKの業態改革に関する議論がいよいよ本格化する。
10月には経営委員会が具体策を公表するだろう。
ポイントは公共放送の規模がどこまでスリム化されるかだ。いまのNHKは、子会社・関連団体を通じて、放送の枠を越え、民間事業者の領域にまで手を広げている。それが肥大化と批判され、民放からは「NHKの一人勝ち」と非難を浴びるのだ。肝心の番組面でも、民放的な過剰な演出がふんだんに取り入れられたり、硬派なドキュメンタリーになぜか場違いな人気タレントがコメンテーターとして起用されたりと、眉をひそめさせる状況が続いている。
子会社・関連団体の整理よりも番組面での改革のほうが、困難だ。
番組内容や演出は、最終的に好みの問題、主観に左右されるからだ。「なぜこのアイドルがこの問題を語るのか」と疑問に思っても、アイドルのファンからすれば何の文句もないだろう。NHKの編成側も視聴率が良ければ「多くの視聴者に支持されている」と判断してしまう。ずるずるとそれが何年も続いているのがいまの状態だ。
これらは「若い世代のテレビ離れを防ぐための努力」とNHK側は口にするかもしれないが、民放も含め、テレビ離れは番組内容の問題ではない。優れた番組はいまでも視聴率を稼ぐし、タイムシフト時代のいま、ロングテールで好まれる。むしろテレビ離れは、SNS時代の自己承認欲求に時間を奪われた結果、起きている現象だろう。
だからNHK番組の「質的」肥大化は別次元で考えなければならない。この点、総務省の「公共放送の在り方に関する検討分科会」が制作費の増大に目を付けた点は、慧眼である。主観的な番組の質の問題を経費というカネの側面からアプローチするのは、物事を整理するうえで非常にわかりやすいからだ。分科会の指摘はこうだ。
国内放送費の伸びが事業収入の伸びを上回っている――。
要するに、収入に比べて番組にかけるカネが高過ぎるということだ。これなら答えははっきりしている。事業収入に見合った番組制作費にまで引き下げればいいのだ。これにより出演者も含めた演出費用が個別番組ごとに抑制される。ただ、どの程度まで引き下げるかについては、制作・編成サイドと経営側とで物差しの違いは起きるだろう。そこで番組の適正化に向けた指標がもう一つぐらいあってもいい。この点、分科会は次のような指摘も行っている。
メディアごとに必要な事業規模の明確化――。
地上波、BSの放送波をもう少し整理しなさいということだ。これについては分科会提言よりも前に、既にNHKは4K8Kチャンネルがスタートした時点、上田会長の時代からBSチャンネルの整理(削減)を表明している。チャンネルの整理とは、個々の番組を陳列する商品棚を減らすことを意味する。棚がなければ商品を作っても意味はない。そこで新たな時代の公共放送にそぐわない番組を減らすとともに、個々の番組にかける経費も削減されるわけだ。たとえば、これまでBSプレミアムの長大な枠を使って2時間スペシャルで制作していたドキュメンタリーが1時間枠となり、それに伴いスタジオのトーク部分を割愛。その結果、コメンテーターのアイドルに出演を依頼する必要もなくなる――という流れだろう。
放送波の削減についてNHKは先月、現在のBS1、BSプレミアム、BS4Kを将来的に一つにまとめて4Kのチャンネルとし、BS8Kについてはその在り方を別途考える、との新たな方針を公表した。元々、商業性が疑問視されていた8Kは別として、残る3波を1波にするというのは、NHKの肥大化を憂う国民に対しては非常にすっきりするし、民放にも有難い話だろう。だが、私が考えるにこれは相当難しい。国民・視聴者が所有するテレビのタイプに左右される話だからだ。現在、家庭に普及しているテレビのほとんどは、ハイビジョン、つまり2K放送用の受信機だ。家電量販店に並ぶテレビは、いまや4K対応が常識だが、残念ながら4Kは思うようには普及していない。2011年のデジタル化により2Kテレビに買い替えた視聴者が、さらに4Kテレビに買い替えるには時期尚早な感がある。おそらく短く見積もってもあと5年は買い替え需要は起きないだろう。そもそも2Kが4Kになるのは、アナログからデジタルへの進化ほど、ドラスティックな変化ではない。国民の購買意欲もさほどかき立てないのだ。
だからNHK内部でも現在、当面はBSプレミアムの内容をBS4Kに移行させることで4K放送を充実させ、2KのBS1と2波体制を継続する(8Kは別枠)との考え方で落ち着いている。そのうえで4Kの普及状況を見てBSを1波化するというのだ。
ここでいう「普及状況」とは何だろう?
普及率5割か、7割か、それとも9割か。
NHKの場合、放送法で番組を「あまねく」国民に届ける義務がある。じつはこれが一番重い枷なのだ。前述のように4K化がさほど根源的なテレビの変化でない以上、国民のなかには「2Kで十分」という声が消えることはない。多くの国民が現在所有するテレビを少しでも長く使い続けようとするだろう。「テレビは10年で壊れるから買い替えにつながる」とメーカーや家電量販店が主張するなら、それは暴論だ。
こうなってくるといつまでたっても「1波化」の日は訪れない。商品棚削減のために力業でえいとばかりに1波化させることはできようが、そのときもサイマル(同時放送)で2Kは続けねばなるまい。それが果たしていつなのか。高市総務相もこの点を疑問視しているらしく、具体的スケジュールの提示を要求している。
商品棚の整理は大切だ。地上波と合わせて、総合、Eテレ、BS4Kの3波を公共放送の軸とするのは、将来像としては確かにふさわしいかもしれない。制作費もずいぶん削減されるだろう。ひいては受信料の値下げにもつながる。しかしそれをいつ実現させるかは慎重な判断が求められるし、国民への丁寧な説明が必要だ。そもそも改革の大前提として「現代日本社会における公共放送」の意義・枠組みをしっかりとらえ、それに基づいた計画を立てねばならない。その枠組みが見えてこないうちに拙速に事を進めてはならないし、できもしない構想を打ち出して国民に目くらましを投げつけるのは、なお良くない。
それを10月までにまとめられるか。2007年に視聴者還元策として値下げ論議が起きた際、当時の古森経営委員長は、10月の時点で執行部案を認めず、再考を要請した。改革が手ぬるいと批判したのだ。しかし理想と実現可能性は常に拮抗している。
ハードルを上げるのは誰にでもできることなのだ。