結局、好きになったら負けなんだよな。

 

俺はさ、子供の頃から勝負事って苦手で、

親から柔道やら野球やら習わされていましたが、

とにかく勝ち負けが決まるってのがどうにも

ムズムズして、そういうの、避けて大人になりました。

若い男にはありがちだけど、

俺もプライドが高すぎたのかもしれん。

勝負しなきゃ、勝ち負けつかないし。

 

 

カバレリア・ルスティカーナ。

イタリア語はできないけど、直訳すると

 

「田舎の騎士道」

 

ってことらしい。

騎士道は、意訳すれば「プライド」ってことかなあ。

 

騎士だのプライドだのって、どっちかって言うと

男の世界の話っぽいけど、このオペラの主眼は男じゃない。

ただ一つ、

 

女の情念

 

です。

 

好きになったら止められない。

やめられない止まらない。

 

もうね、サントッゥツア(女)はトゥリッドゥ(男)が好きで好きで止められないの。

同時にサントッゥツアはトゥリッドゥが憎くて嫌いで仕方がないの。

 

苦しい!

地獄…

 

そんな地獄を抱えた女がこのオペラの主人公です。

 

わかるなあ。すっごくわかる。もう俺みたい、サントッゥツア。

 

作曲者のマスカーニの意地悪なところは、

そんな地獄を旅するサントッゥツアに至難のアリアと芝居を

強要させながら、同時にオーケストラには浄化されたメロディを

奏でさせるところ。

 

Sか。マスカーニ。

 

特に間奏曲。

 

サントッゥツアの「怒り」が頂点に達し、それがアルフィオという

現実世界の象徴である男性に伝わった刹那、至極の音楽が奏でられる。

 

歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ 間奏曲」

 

好き好き大好き。死んでもいいい。大好き、本当に好き。

でも彼は私の事なんかこれっぽっちも想っていない。

 

そしてこの至福の旋律。

 

オペラはヨーロッパのものだから、この作品に限らず

ほぼ全ての作品にキリスト教の影が見える。

特にこの作品には「神」の存在が強く

押し出されている。

 

俺はキリスト教者じゃないから真の意味では

理解できないのかもしれないけど、

常に神が高い視点から地表を見下ろし、

そこにいる人々をじっと見つめている感じ。

そんな音楽が常に響いている。

 

その俯瞰の視点があるから、

地上で繰り広げられる男と女の、

人間の浅ましさと切なさが際立ってくる。

 

オペラは後半、リアルで残酷な結末へと向かうのですが、

このオペラの「旨み」は、もう間奏曲以前で味わい尽くされます。

 

サントッゥツアもトゥリドゥも救われません。

 

忘れたくても忘れられない男。

 

どうすりゃいいんだ。