お久しぶりです。3年S組の真木優寿です。1年半ぶりにブログとやらを書きます。
早くもラストシーズンとなりました。長かったようでもあり、短かった気もします。正直、ここまで続けることができるとは思っていませんでした。まず初めに自分を支えてくれた全ての周りの方々に感謝したいと思います。最後の1年間駆け抜けていこうと思います。
ボート部という組織はとても魅力的な組織であることは言わずもがな大前提ではありますが、とは言えしんどい瞬間もあり、私の偏見かもしれませんがこの部活に入って一度も辞めたいと思わずに引退を迎える人はいないのではないでしょうか。
理由は人それぞれだとは思いますが、私自身、退部を考え一時休部という形でHUBCでの活動をお休みさせていただいていました。そんな私が何故HUBCを続けるという選択に至ったのか書かせていただこうと思います。後輩たちが自分の進路に迷った時に参考にしてもらえると幸いです。
マネージャーとは
まず自分がこれまでの2年半ずっと考えてきたのはマネージャーってなんなんだろうということでした。雑用担当なのか飯炊き要員なのか、ともすれば艇庫に華を添えるための存在なのでしょうか。私はマネージャーの中でも男子マネとして、艇庫の中の少数派の存在として、これまで活動してくる中で特にこのテーマについて考えることが多くありました。
最初に結論を書いておくとまだ答えは見つかっていません。と言うよりは「多分答えはないんだろう」ということを理解したというのが近いと思います。
ご飯を作ること一つとっても、もしアルバイト先でこれをやっていたら月数万円の収入にはなることでしょう。自分の大学生活を部活動に割く、それも誰にでもできそうな単調作業にということが脳裏にありました。これは京都大学ボート部の前田さんの話をそのままパクりますが、『「マネージャーやってあげている」のか「マネージャーやらせていただいている」のか論』の話です。後者(「マネージャーやらせていただいている」)の理論としてはマネージャーというものはそもそも選手がいるから成り立つ存在であり、マネージャー単体で組織にはなり得ない以上させていただいているに近いというものです。ただし、これは選手がマネージャーより「偉い」というわけではなく構造として選手をマネージャーが支えるものだということは注記しておきます。私にとって3年生になる位までのマネージャー像は前者に近くありました。この論を聞いたばかりの時も論理展開は分かるけれど受け入れることには懐疑的でした。しかし、今はどちらかというと後者寄りの考えを持つ自分がいます。これは何故だろうと考えると、学年が上がるにつれて単調作業以外の仕事をすることが増えたからだと思います。自分は一橋でというよりは学連でだったのかもしれませんが、自覚できる位の成長をしたなという思いを持ったことが貴重な体験をさせてもらっているなという思いにつながったのだと思います。
選手との関わり
マネージャーとして活動する中で、漕手との関わりについて悩むこともありました。特に私は男子マネでコミュニティとしては小さめで、競技の話にもついていけないとなり次第に距離を置いてしまいました。今思えばマネージャーと選手の違いばかりに注意がいっていました。〇〇というところが違うから△△はできないだろうとか、共感してもらえないだろうとか仲良くなれないなみたいなことを考えていたように思います。多分みんなよりは大分遅かったのかもしれませんが、最近になってから大事なことは一緒の部分を見つけることだなと気がつくことができました。つまり極論かもしれませんがHUBCは日本一を目指すための組織であって友達を作るための組織ではないんだなという気付きです。私たちは「日本一」という共通の目標を目指す「仲間」でさえあればよくて、「友達」である必要はないなということです。もちろん仲がいい方が良いのはもちろんですが、それが全てではないなという気付きはかなりプレッシャーを和らげてくれました。
最後に
私は今、学連(関東漕艇学生連盟)という団体で施設部長をやらせてもらっています。ボートコースの整備・修繕をしたり、審判艇の整備をしたり大会の運営をするなどある意味ボートの日常を作る仕事をしています。私がここで頑張れているのは、退部を決意していた昨年の年末に「学連には真木が必要だから」といって貰ったからです。自分を必要としてくれる人がいるというのは本当に嬉しいことで、頑張る意味をくれました。
もし自分の進路を迷う後輩たちがこのブログを見てくれていたら、自分のことを必要としてくれる場所に行くことをお勧めします。そこが一番自分が全力を出せる場所な気がしています。
長くなりましたが以上です。ラスト一年よろしくお願いします。