第10回です。

 

毎週日曜18時半頃に決まって、「おっひー」っていう挨拶をしてくる女性が近くにいます。「お久しぶりです」なのか、「おひ(は)よう」なのか、ふと思いました。別に久しぶりでもないし、おはようの時間帯でもないのに。「挨拶の仕方はひとそれぞれだ」、ペコパのキャラ芸人の方に引っ叩かれそうなのでこれくらいにします。

 

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しぶりに下宿先に戻った。今更だけど、実家は天国に次ぐ最高の環境だと思う。あ、マネブログの読者は全員ホームレスだから実家とかよくわかんないかもしんないね。ごめん。

下宿先の大変な所は2つあって、一つは飯を作らなきゃいけない。ただ自分で言うのもなんだけど料理はそこそこで、今は煮物を勉強中。おふくろの味を目指して、それなりに楽しめてる。

問題はもう一つの方、寝心地が少しばかり悪い。実家ではヒノキ(?)でできた立派なベッドで、寝室も北西にあって薄暗く涼しかった。いっぽう下宿先はというと、南東側で、植物だったら水さえ与えとけばすくすく育ちそうな、そんな部屋で、ベッドの質もいくらか落ちる。だから戻って1週間くらいは、そのギャップのせいで、なかなか寝つけなかった。

 

夜に眠れないと人間は考え事をしてしまう、そんな生き物だとなんちゃら図鑑に書いてあった。そして暗い時間に考え事をしても、たいてい負の方向にしかいかないらしい。これはtwitterで知った。そんなことを百も承知で、でもなぜか考え事をして、だんだん嫌な気持ちになっていく。ちゃんちゃらおかしな生き物だよ、そう思って僕はベッドで物思いに耽った。

 

 

 

「僕の人生の主人公は果たして僕なんだろうか?」

「そいつの人生の主役は、ほんとにそいつ自身なのか?」

 

 

疲れてるでしょ、病んでるじゃん、ウケる、とか、そんな声が脳内にこだまする。だけど、こんなことを夜中のベッドでこっそり考えるようになった、と捉えれば大人になったんじゃないかなとも思えてくる。

だってこれまでは真夜中のベッドと言えば、眠くなるまでスマホを見るか、自分を磨くか、そんな場所だったから。

 

 

 

人間には3タイプいる、と思う。それぞれ主人公、関係者、傍観者としよう。第一者、第二者、第三者としてもいいんだけど。

 

主人公は、芸能界のスターだったり、ノーベル賞受賞者だったり、人間国宝だったり、大社長だったり、オリンピックで優勝したり、まあざっとこんな感じの人物だろう。失敗の有無は人それぞれだろうけど、並外れた成功を必ず掴み取る、夢を叶える。そして世の中に1%もいない、そんな稀有な存在でもある。

関係者は、主人公の敵もしくは味方となって、主人公の人生に大きく影響する人物だろう。具体的には、友達とかライバルとか、親とか師とか、ざっくりこんな感じか。

関係者は主人公に見えうる。主人公の人生に深く関わることになるし、さも主人公のように振る舞うこともあるからだ。残念ながら、主人公にはなれない。だけど主人公だと信じてやまない関係者の人に、「あなたは主人公じゃないんですよ」なんて野暮なことを言って、現実を突きつける必要はない。それは酷だ。

最後に傍観者。多分このタイプが大多数だろう。99%以上。いやもっとかも。人間はだいたいそう。僕もそうだし君も、ぱっと見主人公に見えるあいつも、可愛いあの子も、さっきまで電車の隣にいたあいつも、コンビニのレジ打ちをしていた彼も。

 

 

そしてその人が主人公かどうか、傍観者かどうかは生まれた時点で運命的な何かで決まっているとも思う。ゲームの世界だってそうだ。特にRPGは顕著で、主人公だけが決まって特別な力や道具を授かり、使命や任務を与えられる。

もしかしたら傍観者の中にも覚醒して、あるいは遺伝子が突然変異を起こして、主人公に成り上がる人がいるのかもしれないけど。

 

 

「あなたの人生の主人公はあなた」、「あなたはあなたの人生を生きなさい」、「主人公は自分自身だ」、なんて言われるけど、みんながみんな主人公だったら、自己啓発本なんて一冊も書店に並ばない。自分は何者か、こんなちっぽけなことで悩むことはないんだから。

それに世界のパワーバランスが崩壊して混沌とするに違いない。登場人物が全員主人公だなんて、そんな漫画もアニメも小説もゲームも見たことがない。

 

 

こんな変なことを考えてたら、気楽になった。

自分が主人公じゃなくてもしょうがない。何か特別なものがなくても、人より目立たなくても、普通でも。この世界の中ではそこら辺にうじゃうじゃいる、ただのモブキャラだから。ネガティブな理論だって言われても構わない。モブキャラはモブキャラでそれなりに楽しめばいいじゃんか。それにもし仮に、自分が主人公を務めなきゃいけないような、小っちゃくてしょうもないそんな世界が存在するとしたら、その世界は絶対つまんないと思う。そんな世界にはいたくない。

 

 

リセットマラソンして自分が主人公になるのを待つか。提案しといてなんだけど、そんなこと簡単にできないわ。ドラゴンボールでもキャラクターが簡単に生き返るようになってから、つまらなくなったって親父も言ってたし。命は軽く扱うべきじゃあないね。

 

じゃあ自分の人生の主人公を探し出すのはどうだろう。傍観者の自分を主人公だと思い込むより、この世のどこかには必ずいる、自分の人生の主人公を探す方がまだ現実的な気がする。RPGだとゲーム内にいる人物全員に少なくとも一回は関わるから、多分この社会でも主人公に一回は出会うはず。友達か、結婚相手か、子供か孫か、将来の隣人か、職場の上司か、アジアにいる農家か、ヨーロッパの工場長か、わかんないけど。

 

 

 

 

すっごい月並みなことだけど、僕は頑張る人を見てるのが好きだ。多分結構好きだ。それが、年齢とか経歴とか、どこか自分と共通項のある人だとなお好きだ。勝手に感情移入できるから。

4年間ボート部にいたのも、これまで何年間も部活動を続けていたのも、受験期に狂ったように机に向かっていたのも、キツイことを乗り越えられた気がしたのも、僕にとってのヒーローが多分近くにいたからだ。

頑張る人がいると元気を貰える。頑張る人がそばにいると、見えるところにいると、不思議と生きる力が湧いてくる。自分も頑張ろうって思えてくる。

 

 

実はこれまで、本能的に自分の主人公を探してたのかもしれない。

無理して自己分析をして自分探しをして、なんてするもんじゃなかった。

 

 

そんなことを考えていると、窓の外から空の青さがこぼれてきた。

 

 

 

 

自分探しならぬ、主人公探し。主人公に依存はしない程度にね。

 

 

 

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最後に、格言を一部抜粋して届けます。

「星のもとってあるんだよ。スターっているんだよ。なんで運っていうものがあるんだ。馬鹿は言うんだよ、『人間の運の総量は一緒、それがいつ来るか』みたいなアホみたいなことを。運の総量なんて違うちがうー!差があるあるー!運いい奴はずーっといい、運悪い奴はずーっと悪い。でも生きていかなきゃいけない!」

 

 

傍観者 高崎善貴