今日は体育の日ですね。

1964年東京オリンピックの開会式のあった10月10日を、
1966年から国民の祝日と制定したそうです。

2000年からは「ハッピーマンデー制度」の適用により、
10月の第2月曜日となりました。

まさに今日ですね。(笑)

ちなみに3日前の「元祖体育の日10日」に 
巨人が2年連続41度目のリーグ優勝を決めました。

今朝のニュースでは阪神の岡田彰布監督が
13ゲーム差があった巨人に逆転優勝を許した
責任をとり辞任を申し出たと報じています。

ということで、時々使う『巨人、大鵬、卵焼き』
1960 年代前半の子どもが好きなもの3つのことなのですが
この前短大の学生に知ってる?と聞いても
完全に「死語」でした。(苦笑)


これは1961年の流行語で当時野球界は
巨人軍、王貞治・長嶋茂雄のONコンビが大活躍している時代。

相撲界でも大鵬が圧倒的な強さを誇っていた時代
だったそうです。

このコピーを考案したのは
経済企画庁長官も務めた堺屋太一さんなんだそうです。

大鵬は1971年5月場所で初代貴ノ花に敗れて引退を
表明しました。私もうっすらと記憶に残っています。

色白の大変な美男であるためか若い頃の人気は物凄かったようで
大鵬の取組の時だけは銭湯の女湯ががら空きになったという
エピソードがあるくらいです。(私も小学2年までは銭湯でした)

全盛期には彼にあやかって
たくさんの「幸喜」くんが誕生したそうです。
脚本家の三谷幸喜さんもはそのうちの一人なんですと!

やんちゃな子供が多い土地で小学校4~6年まで
すごした私の昼休みの日課は、体育館のバスケットコートの
中央サークルを土俵代わりにした大相撲ごっこでした。

ごっこといっても私たちには真剣で20名の参加者が
番付を決めて、15日間のリーグ戦を飽きることなく
繰り返していました。

私は元柔道国体選手の父の血を受け継いでか
結構投げ技が強く、当時の○○市の100m走小学生王者の
N君といつも東西の正横綱を争ってました。

N君とは野球でも張り合い、○○市のリトルリーグで私が3番、
彼が4番でした。

私が転校になったときに硬い握手で
「将来巨人でおまえと3番、4番組もうぜ」
とN君がいってくれて、涙が止まらなかったのが
つい、昨日のようです。

あれからうん十年、今日は東京ドームではなく

地元商店街で講演をしてきます。


今日は卵焼きを食べたくなりました。(笑)