-人間の心には互いに矛盾した二つの感情がある。
もちろん、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。
ところがその人がその不幸を、
どうにかして切り抜けることができると、
今度はこっちでなんとなく物足りないような心もちがする。
少し誇張して言えば、もう一度その人を、
同じ不幸に陥れてみたいような気さえなる。
そうしていつの間にか、消極的ではあるが、
ある敵意をその人に対して抱くようなことになる-
芥川龍之介『鼻』より
傍観者の利己主義。
誰しも人の眼が気になる事が有るだろう。
どの様な場合にも、事柄にも。
自分はどの様に見られているのか。
変な様に見られていないか。
其が疑心暗鬼に繋がったり、
他人を毛嫌いする原因にも成りうる。
人は誰しも独りで生きていく事は出来ない。
しかし、接する事が好きじゃない事も有る。
傷ついたり、傷つけられたり。
無傷では居られない。
人と付き合う事は【賭け】で、
自分を幸せに出来る場合も有れば、破滅させる場合も有る。
誰かと付き合う時間が長ければ長い程、
其の人良い部分も悪い部分も明るみになる。
其は其の人の良さでも有り、欠点でも有る。
其を自分は受け入れる事が出来るか。
人間は誰しも矛盾した心を持っている。
表の顔と裏の顔。
公とプライベート。
紙一重で接している。
自分が幸せになりたい。
そして相手にも幸せになって欲しい。
前者は必ず持っている気持ち。
しかし後者はどうか。
本当に本心からそう思うことができるのか。
もし、自分より相手の方が先に幸せを手に入れたとしたら。
自分は素直に、「おめでとう。」と言えるのか、何の卑しい心を持たずに。
それは八割方、無理ではないか。
此れはおそらく皆感じるだろう。
心から大切な人以外の幸せを喜べるだろうか。
上記に述べた例。
何も恥ずべき事はないと思う。
自分を中心に考えてしまう事は致し方無いと。
確かに普段の生活で、
自己中心的に、協調性も無しに過ごす事は良い事とは言えないが。
結局。
人間の心は厄介で、エゴが消える事は無い。
人の眼は気になる。人を疑う。人より幸せになりたい。
対他人になってしまう。
絶対評価より相対評価の方が勝ってしまう。
私も其の考え方をする。
私は自分を愚かで悲しい人間だと思う。
他人の評価が気になって、折角得た幸福のも、
満足できなくて、堕ちてしまう。
どんな事も自分だけ納得した結果は得られない。
どうしても周りの反応が気になってしまう。
気にすることないのに、そんな事。
ほっとけばいいのに。
自分のしたいようにすればいいのに。
ただ、そんな感情を抱くのは悪いことじゃないとも思う。
絶望を味わうからこそ、幸福がより際立つ。
人間だからこそ味わえる感情。
捨てることは無い、むしろ誇りに思う。
それと正面から向き合える時。
最高に苦しく、最高に幸せな瞬間。