嫌だという思いを、
言葉にも、
行動にも、
表情にも、
空気にも、
出せない
自分ではコントロールできない、
身体症状でしか、
嫌だ、
といえない
嫌だ、
と思うことほど、
他者の
意思や感情や要求や強制や圧力や抑圧や、
わたしが私のものでないことで、
動かなければならないことほど、
自分で自分をそこに
強制従順させる
嫌だ
という言葉も顔も行動も
呑みこんで
身体症状も
ねじ伏せて
何事も無かったように無視して
嫌だ
と思うことをする。
嫌だと思うことほど、
却ってする。
あえてする。
初めて保育園行く日、
ストレスのあまり
分裂症状みたいなのでて
(夜の中で、
闇の中で、
闇と私しかそこにいないのに
聞こえるはずの無いものが聞こえたり
見えるはずのないものが見えたり
体が引き絞られるような感じがするので
腹をつつかれたイモムシみたいに
布団の中で丸まって
耳を塞いで
ぎゅっと目を閉じて
体の中をうねる
痛みが通過していくのを
ただ耐えていた
毎晩 毎晩)
翌日
腹痛と下痢と嘔吐したけど、
母親に
「自分の体の面倒くらい自分で見ろ」
と説教されながら、
急き立てられながら、
何事も無かったように保育園にいって、
保育園では
誰にも何にも反応せず
一日中部屋の隅にうずくまってた
だって
自分のものじゃない動機で
動くことを、
自分が嫌だと思うことほど
することを、環境に
「適応」
するっていうんでしょ。
で、環境に
「適応」
しなきゃ生きていけないんでしょ。
自分のものじゃないことに
「適応」
して生きていくのが
人間なんでしょ
自分が自分でなくなることを
「適応」
するっていうんでしょ
自分が他人の動機で動くことを
自分が他人の要求を
うまく呑めるようになることを
自分が他人になることを
「適応」
するっていうんでしょ
人間が生きていく
って、
嫌なことにほど
「適応」
していくって
ことなんでしょ
私それ5歳のときに知ったから
ああもう生きなくていいやって
思った
ああもう人間は
死んだも同然に生きていくしかないんだ
死んだも同然に生きていくだけなんだ
って思った
だから死にたいって思った
いやもう死んでるのかな
どっちでもいいや
どうでもいいや
だってもう死んでるんだから
私、今も、
「適応」
して生きていこうと
頑張ってるよ
「適応」
できないことは
悪だ失敗だ不完成だ怠惰だ病気だ
と自分に言い聞かせながら
世界に
現実に
人間に
他者に
「適応」
しようと
頑張ってるよ
ただ
「自分」
に適応することだけは
頑張らないけど
「自分」
に適応することだけは
断固絶対拒絶するけど。
だって、
そういうのを、
外界に適応することより
自分に適応しようとすることを
「不適応」
っていう病気っていうんでしょ?
私、いつも、頑張ってるよ、
自分から自分を引き剥がすために
自分が自分でなくなるために
自分なんかきれいさっぱり忘れてしまえるように
頑張ってるよ
自分が
他人に
なるために
断固絶対完全に
自分の意思で動くことなどないように
断固絶対完全に
他人の
意思で
動けるように。
自分の言うことなんかよりも
親の言うとおりのことができる
断固絶対完璧完全無欠な
良い子
になるために
良い子
じゃないから
だから
憎まれるんだよね?
許されないんだよね?
私、頑張って、自分を、
殺しているよ
今も
世界で一番嫌いで
憎んでいる
一度も好きになったことなどない
一度も存在を許したことなど無い
私を
殺そうとしているよ
だけど
どんなにどんなに
私を殺しても
今も
良い子
に
なれないでいるよ
ごめんなさい。
だから、
逃げているんだ
だって
世界に適応できない私は
世界の
落ちこぼれだもんね
許されない存在だもんね
恥ずかしい存在だもんね
ちゃんと本当に、
私を
殺せないで
片付けられないで
ごめんなさい
だから私は
許されないんだよね?
だから、
頑張っても無駄なほど、
許されない存在だから、
許すに値しない存在だから、
だから、
今まで、
私は、
一度も、
親からも、人からも、痛みからも、
許されたことが
ないんだよね?
自分が許されない存在だということはわかる
自分に烙印が押されていることはわかる
でももう
誰に何に
許しを請えばいいのかわからない
何をすれば許されるのか
わからない
わからない
わからなければ
許されないのに
わからなければ
罰せられるのに
お母さんに
叩かれるのに