「覚えていやがれ」

去り際に言ったセリフは声が上ずってイントネーションがおかしくなっていた。誰だって何でもないときにそうなることはあるが、なにか意図があるように思えた。

家に帰って風呂に浸かっているときに出た鼻歌でやっと気がついた。さっきの「覚えていやがれ」は、昨日ヤツが歌った曲の出だし「離れているから」と同じ音程だったわけだ。だからといってどうなるわけでもないか⋯いや、なるかもしれない。

歌詞の内容を去り際のあの一言に込めたと考えられないだろうか。 例えば、その歌詞の最後は友人の死を悼む言葉で締めくくられるが、ヤツがオレを殺すとか、ヤツかオレがが死ぬとか、そんな物騒なメッセージを込めたのか⋯⋯。

もうひとつ、考えられることがある。幼い頃の話だが、オレとヤツが遊ぶときは必ずもう一人、 和雄という友達がいた。ある日、和雄が倒れ、難病に罹っていることが分かった。それから数日後、東京の大学病院に入院したが、わずか二年後亡くなってしまった。 

そうか、きっと和雄のことについて、なにか言いたかったのかもしれない。冒頭の歌詞「離れているから」も、ここと東京の

距離のことをさしていると解釈できる。ちょっとした謎解きクイズみたいだ。

着信音が鳴った。なんだよ、せっかく頭が回りはじめたのに。ヤツからの電話だった。

「急な話でなんだけれど、オレ、あさってには東京へ行くんだ。和雄と同じ病気なんだ」

「え⋯」

その先は声が出なかった。そんなことってあるのか。

「ごめんな、和雄もオレもお前を置き去りにすることになるかもな」

ごめんじゃねえだろ、なんでごめんなんだよ。そんな思いが頭の中で渦巻くばかりで口に出せないでいる。

「夕方、帰るときに、覚えていやがれって、お前にはそれだけ言って、あっちへ行くつもりだったんだけれど⋯ごめん」

それもごめんじゃねえだろ。

「でもな、今はあの頃より治療法の研究が進んでいてさ、治る人もたくさんいるっていうんだし」

「⋯え、そうなんだ」

やっと声になった。

「それを先に言えばよかったな、ごめんな」

「なんでお前が謝るんだよ」

「ごめん」

「そのごめんも⋯でもまあ、勝手に謎解きを仕掛けておいて、解きかけたときに勝手に答えをばらしてくるのは、謝ってもらってもいいけれどな」

「ああ、そうだな。お前さ、謎解きクイズは嫌いだって言ってたからな。気づいたとしてもかなりあとになりそうだと思ったから、解きはじめてくれていたなんて意外だよ」

「いや、謎解きとは思わなかったし、リアルに自分たち絡みのことだから、いつの間にか考えだしていただけだよ。⋯あ、それでさ、東京の病院って和雄が行ったところと同じなのか」

「いや、違うところになる。そうだ、今度はそれを謎解きクイズにして送るから、解いてみてよ」

「ヤダよ」

「ごめん」