川沿いの遊歩道を歩いていた。

なんとなく足もとを見たら、アリが10匹ほどと、少し離れてテントウムシ2匹が同じ方向に進んでいた。

だが、自分が歩く方向とは逆だった。

こいつらの散歩に付き合ってみようか。
いや違う、散歩しているのは自分。
こいつらは、こいつらなりの用事、やるべきことをやっている。

そんなことを考えて、しばらく立ち止まっていた。再び下を見ると、やつらの進むスピードが遅くなっている気がした。

そんなことがあろうか、ヒトの散歩に付き合ってくれているのか。

ありがとう。

言葉として伝わらなくても空気の振動は伝わるだろう。
しゃがんで顔をやつらの行列に近づけて、もう一度言った。

アリガトウ。

アリが運んでいたチョウの羽が左右に揺れた。
ドウイタシマシテ。

ちょっとしたおとぎ話を実写版で見た。いや違うか、実体験版のおとぎ話か。

ひょっとしたら、やつらのほうもヒトと何らかのコミュニケーションをしたかのような状況を、荒唐無稽なフィクションとして処理しているのかもしれない。

やつらと別れ、家の前まで戻ってきたとき、気がついた。自分も散歩しに外へ出たわけではなかった。買い物を頼まれていたんだった。

ヒトの脳みその仕様は、おとぎ話仕様でもなく、科学的思考仕様でもなく、行き当たりばったり仕様になっているらしい。
脳神経外科をやっているお隣さんが以前そう教えてくれた。
そこで、その先生に買い物アプリと、よそ見矯正アプリをアタマに注入してもらって、行き当たりばったり仕様をそこそこエンハンスして買い物へ再出発。

先ほど、彼らに出会ったあたりに来た。
アリもテントウムシもいない。というか、アプリのおかげで余計なものは見えなくなっているのだろう。

そこに立ち止まって10秒、アタマにアラート痛が走ったので、買い物に集中する。
集中といっても、買い物の品々や値段、お買い得情報などに神経を集中するのではなく、10秒集中する振りをすればいい。そのシグナルさえアプリが感知すれば、あとは目と足がコントロールされて最安値かつ品質の良いお店へと歩かせてくれる。

おかげで買い物は無事終わったが、アプリはあと30分有効のままになる。
いつもなら放っておくが、さっきのムシたちの行列が気になる。すぐにアンインストールしてあの場所へ行きたい。お隣りさんに頼むしかない。

期限前のアンインストールは面倒なのと、万に一つほどのリスクがあるため、そういうオペレーションはかなり嫌がられた。が、交換条件で、高価な昆虫採集アプリの成人版を入れてもらうことで手を打ってくれた。

さすが高価なだけあって、意外に早くやつらを見つけ出せた。川岸ぎりぎりの土が露出した所に、アリの巣があった。
他方のテントウムシは遠くに飛んで行ったものと諦める。

明日、なるべく朝早くにここへ来て、やつらのお出ましをじっと待とう。やつらに随行して散歩をしてみよう。きっと、妙なことが起きるにちがいない。ヒトの脳の行き当たりばったり度合いをいやというほど思い知らされることだろう。