中3のとき、クラスに空気階段の鈴木もぐらにそっくりなヤツがいた。
名前は星崎だったか星川だったか曖昧にしか思い出せない。
オヤジテイストがあまりに圧倒的だったので、名前で呼ぶ者は先生以外、最初からいなかった。
男子はストレートにオヤジと呼び、女子は男子と同じように呼ぶ者もいたが、彼のオヤジっぷりからしてクン付けでは呼びづらいのか、ほとんどはサン付けで呼んでいた。だが、当の本人は中身も大人なので気にする素振りをまったく見せなかった。
女子が彼のことをサン付けで呼んだときに「オヤジのくせに女子かよ」などと小学生じみたからかい方をする男子がいると、「オヤジは女子じゃねえよ。女子ならオカンになるだろが」とそいつのレベルに合わせて返してやる余裕も見せもした。
そのうち、オモチャのつけ髭を付けて「コラコラ、大人をからかうもんじゃない」と切り返し、リアクションにバリエーションをつけるようになった。
男子はそれをまた面白がり、オヤジいじりも多種多様なパターンを生み出し、彼の周囲や行く先々でショートコントを繰り広げた。
……二学期、彼はクラス委員長に自ら立候補し、難なく当選を果たした。それからは誰からともなく「総理」と呼ぶようになった。
……そして、卒業式の日。
総理は、いつどこで着替えたのかスーツ姿になり、当たり前のように来賓席に座った。
ちょうどその瞬間を目撃したのは俺だけらしく、まだ誰も気づいていない。
いや、待てよ。あれは本人ではなくて本当の親父さんではないか? いつだったか、家が近所という友達が激似の親子だと言っていた。かといって、卒業生の席のほうにもまだ来ていない。
そういえば、総理は卒業生代表だから、教職員席の近くに待機することになっているはずだ。
あれ、そっちのほうにも見当たらない。となると、来賓席の親父(仮)はやっぱり本人か?
最後の最後は、静粛な雰囲気が支配する講堂で、クラスの男子を放ったらかしでピンの自虐コントで笑いを獲りにいこうという肚づもりか?
ただ、どうやる?
「卒業生代表のあいさつ」と教頭が言うと、来賓席から登場するパターンか?
それでうまくオチにできるか?
あるいは、卒業生代表のあいさつで、笑いを獲りにいくのか。そのくらいは毎年毎年どこかでお調子者がヤラカして……、あ、そうだ、そうか、あのパターンならいい。総理ならではの「あいさつ」になる。
思ったとおりになった。
「卒業生代表のあいさつ」と教頭の声。
沈黙のなか、総理の足音が響く。
壇に上がると講堂全体がざわつきだした。
「来賓が勘違いして登壇してしまった」
総理のオヤジっぷりを知る者以外、誰もがそう思った。
彼の「卒業生代表のあいさつ」の中身は、見事なまでに「来賓からの祝辞」になっていた。
そして最後は、来賓として、ついでに「総理」として、日付と名前で締めくくった。
「令和元年3月19日 内閣総理大臣 安倍晋三」
やってくれたよ、さすが総理。
俺らの卒業式に「総理」が来賓にきたような
ことにしちまった。うちのクラスから拍手が沸き起こり、総理を知る他のクラスのやつらも巻き込み、教頭や教員らの怒号を掻き消した。