カイゼル髭にロイド眼鏡、マドラスパイプをくわえた人物が目を引く。
信一郎は今までとはがらっと変わった趣向だった。なにのコスプレだろう? レトロずくめという縛りは分かるが、ちぐはぐ感は否めない。
それをいつか指摘してやるつもりだったが、そういう姿を見たのはその一度きりで、以来、スーツ姿しか見ない。
手土産にウイスキーでも持ってヤツのネグラに押しかけてみるか。共通の友人でスカイツリーや東京駅など建物のコスプレをメインにやっている貴雄に声を掛けてみよう。
プチサプライズを仕掛けに来たはずが、不覚にもド肝を抜かれてしまった。ヤツが血まみれで倒れていた。背中にはナイフが···。
ヤツの新作コスだった。ヤツのレトロブームはすでに終わり、変死体プレイにハマりだしたらしい。遅きに失した。
そんな失望感に打ちひしがれている俺を横目に、ここがチャンスとばかりに貴雄が信一郎にコラボを持ち掛けた。
「なんだったら、オレが高層ビルやってやるから、飛び降りてみないか」
「おお、やるやる」
「ビルはどれにする? 家から持ってくればすぐできるのは、スカイツリーと都庁、アベノハルカス、ランドマークタワーくらいだけど」
「じゃあ、スカイツリーで頼む」
「よし、ちょっくら行ってくるわ」
オイオイ、蚊帳の外の俺を残して行くなよ。いまさら、レトロずくめコスをやらせて、ダメ出しするわけにはいかないだろが。
やるとしたら、殺人鬼キャラやネクロフィリア、刑事か鑑識係になって、ヤツの変死体にシチュエーションなり、ストーリーなりを付け加えてやることくらいか。たとえば、刑事コロンボ風の出で立ちをしてみせるとか。多少なりともレトロ感があるから、これでよしとしよう。